「トドル・ジフコフ」の版間の差分

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ブルガリアは共産党の崩壊後、ブルガリア経済は1989年から劇的に縮小。特にソビエト連邦を中心とした東欧の市場を喪失したことは大きな打撃となり、生活水準は1989年以前の約40%にまで落ち込んだ。さらに、ユーゴスラビアに対しての国連の経済制裁は経済に更なる打撃を与えた。
 
1994年には、国内総生産の成長と共にインフレーションを抑制するなど、回復の兆しを見せた。しかし1996年には貧弱な経済改革や、不安定な銀行システムにより再び悪化し金融危機に陥った。そこに追い打ちをかけるように[[ロシア財政危機]]が発生し、この金融危機はブルガリアにも波及し、国内では失業者が増大、生活も悪化したことから、国民の不満が高まるようになる。その一方でブルガリアでは小[[オリガルヒ]]ともいうべき、財閥や大地主が誕生し、貧富の差が急速に拡大。また治安の面でも社会主義時代とは比較にならないほど悪化。[[ロシアン・マフィア]]がブルガリアにも勢力を伸ばし、組織犯罪のネットワークが張り巡らされ、麻薬などの禁制品の密売や女性の人身売買が行われている。過去10年間で、マフィア関連の殺人事件や政治的暗殺の犠牲になった人は100人以上にも上り、首都ソフィアで白昼堂々と殺人が行われたケースもある。
 
そんな現状からブルガリア国内で近年ジフコフの再評価や社会主義時代を懐かしむ声が急速に高まっている。