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対英戦は開戦2日後に[[クレタ島]]海域で[[イタリア潜水艦]]がイギリスの巡洋艦を沈めた事で始まり、フランス降伏によって地中海は英伊両軍の戦場となった。
大規模な海戦が最初に発生したのは、1940年6月10日の[[プント・スティロ]]沖でリビアから帰還する途上にあったイタリア海軍の護衛艦隊(戦艦2隻・重巡洋艦6隻・軽巡洋艦8隻)と、護送の最中だったイギリス海軍の護衛艦隊(戦艦3隻・空母1隻・駆逐艦16隻)とが偶発的に遭遇して起きた戦闘である([[カラブリア沖海戦]])。この戦いは英空母艦載機の空襲を伊巡洋艦の対空砲火が退けたところから始まり、
[[ファイル:CV_Aquila_LaSpezia_Jun51_NAN5-63.jpg|300px|thumb|right|空母アクイラなど空母の戦時建造も目指されたが、乏しい工業力では難しいものがあった。]]
イタリア海軍は最南端のターラント海軍基地に主力艦艇を集結させ、イギリス海軍を牽制する策に出た。しかしこれが裏目となり、イギリス海軍は先の海戦で知ったイタリア海軍が空軍と上手く連帯出来ていないという弱点を突き、小規模な航空隊にターラントを奇襲させたのである([[タラント空襲]])。この攻撃ではイギリスの予想通りイタリア空軍は海軍の要請に直ぐに応えることが出来ず、旧式戦艦1隻が撃沈、旧式戦艦と新たに竣工していた新型戦艦1隻がそれぞれ大破してしまった。この戦いは海戦の主力が大型艦艇から航空機と空母へと移り変わった事を示したが、イタリアの工業力では航空艦隊の新造など到底敵わぬ理想であり、本拠地を[[ナポリ]]に移した海軍は一層に消極的になっていった。
==== 潜水艦部隊・特殊部隊の奮戦 ====
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