「全英シングルチャート」の版間の差分

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'''UK全英シングルチャート''' (UK Singles Chart) は、[[イギリス]]音楽産業における[[シングル]]のチャートである。オフィシャル・チャート・カンパニー (OCC) が集計している。イギリスのレコード店約6500店の販売データと、オンラインのデジタルダウンロードのデータより集計される。[[アメリカ]]のシングルチャート ([[Billboard Hot 100]]) とは異なり、エアプレイ件数はUKシングルチャートには使用されない。当チャートの集計期間は日曜日から土曜日の間であるため、イギリスのシングルのほとんどは月曜日にリリースされることが多い。
{{改名提案|全英シングルチャート|t=ノート:UKシングルチャート|date=2010年3月}}
 
'''UKシングルチャート''' (UK Singles Chart) は、[[イギリス]]音楽産業における[[シングル]]のチャートである。オフィシャル・チャート・カンパニー (OCC) が集計している。イギリスのレコード店約6500店の販売データと、オンラインのデジタルダウンロードのデータより集計される。[[アメリカ]]のシングルチャート ([[Billboard Hot 100]]) とは異なり、エアプレイ件数はUKシングルチャートには使用されない。当チャートの集計期間は日曜日から土曜日の間であるため、イギリスのシングルのほとんどは月曜日にリリースされることが多い。
 
トップ40チャートは最初に日曜日に[[英国放送協会|BBC]]ラジオ1で発表され(ただしその前にOCCのウェブサイトに掲載される)、トップ75がミュージック・ウィーク・マガジンに月曜日に掲載され、水曜日に独自のニュースレターであるChartsPlusにトップ200まで掲載される。ラジオ1はトップ40をチャートの下位から上位に向けて放送する。日曜の16時から19時の間放送している。マーク・グッディアーとブルーノ・ブルックスがこのチャート番組の司会者として長いこと有名であった。アラン・フリーマンが司会をしていたピック・オブ・ザ・ポップスはチャート番組として1960年台から1970年代初頭まで放送し、ライバルたり得た。2007年10月から2009年9月までレジー・イエイツがファーン・コットンと共にチャート番組を放送していた。コットンはオフィシャル・チャートの番組において初めての女性司会となった<ref>{{cite web|url=http://www.ok.co.uk/posts/view/1082/Fearne-Cotton-|title=Celebrity Profiles :: Fearne Cotton|accessdate=2008-09-10|work=[[OK!]]}}</ref>。ライバルチャートのビッグ・トップ40・ショーはダウンロード数と140の商業ラジオ局のエアプレイを元に作られている。
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チャートはまだトップ75だったが、1983年1月からギャラップは「Next 25」というセクションを設けた。つまり、76位から100位までである。この枠は業界紙ミュージック・ウィークとレコード・リテイラーに印刷されるようになった。このセクションはセールスを正確には反映したものではなかった。一定量以上の売り上げが減ったディスクは除外され、他のディスクが実際には行かない順位まで上がることもあった。もし以前のヒットが売り上げを少し増やした場合(在庫処分による値引きによって売れたかも知れないのだが)、戻ってくる場所があった場合のみ再登場してきた。
 
1990年までにチャート作成費用は60万ポンドまで高騰した。ギャラップは900から1500程度の店をサンプリングしていた。イギリスレコード産業の業界団体、ブリティッシュ・フォノグラフィック・インダストリー(British Phonographic Industry,BPI)はギャラップとの契約終了を告知した。ミュージック・ウィークとBBCでは1990年6月30日まで契約した。1990年7月1日からはミュージック・ウィークを作成する出版社が新たに独立した会社、チャート・インフォメーション・ネットワーク(Chart Information Network Ltd., CIN)を設立した。チャート作成を委託する目的があった。CINはギャラップ、[[英国放送協会|BBC]]、ブリティッシュ・アソシエーション・オブ・レコード・ディーラーズ(British Association of Record Dealers,BARD)と協力した。当初BPIはCINのチャート裁定委員会(CSC)に関わること、チャートを認定することを拒んだ。<ref name="FAQ">{{Cite web|author=|url=http://www.theofficialcharts.com/company_faq.php|title=The Official UK Charts Company : FAQ|accessdate=2010-03-20}}</ref>
 
1990年12月、特別なルールで決められていた「NEXT 25」セクションはオフィシャルな業界紙、ミュージック・ウィークでの掲載を終了した。1990年12月24日から1991年4月6日までレコード・ミラー紙にのみ「NEXT 25」が掲載されていた。
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1994年12月、Chart+Plusは出版を終え、Hit Musicがチャートの収録範囲を広げた。トップ200のシングル(以前のように特別な操作をしていないチャート)、トップ150のアーティスト・アルバム、トップ50のコンピレーションである。1996年12月にはアーティスト・アルバム・チャートがトップ200まで拡大した。
 
[[2001年]]にCINは、オフィシャル・チャート・カンパニー (OCC)へ改名した<ref name="FAQ"/>
 
2001年5月、通巻439号をもってHit Musicは休刊した。2001年9月に、チャートファンのHerman VerkadeはCINのライセンス許可を得て、新しいチャート誌を発行した。新しいチャート誌、ChartsPlusはトップ75のシングル・チャートと独自に集計した76位から200位までの順位、トップ200のアーティスト・アルバム・チャート、そして様々なフォーマット、ジャンルのチャートをカバーしている。