「アマーリエ・フォン・プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト」の版間の差分

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[[ファイル:H C Brandt Pfalzgräfin Maria Amalie Auguste 1769.jpg|right|thumb|200px|ザクセン王妃アマーリエ]]
'''アマーリエ・フォン・プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト'''=ビシュヴァイラー([[ドイツ語]]:'''Amalie von Pfalz-Zweibrücken-Birkenfeld'''-Bischweiler, [[1752年]][[5月10日]] - [[1828年]][[11月15日]])は、[[ザクセン王国君主一覧|ザクセン]][[フリードリヒ・アウグスト1世 (ザクセン王)|フリードリヒ・アウグスト1世]]の妃。
 
[[ヴィッテルスバッハ家]][[プファルツ]]系傍系[[プファルツ=ビルケンフェルト家|プファルツ=ツヴァイブリュッケン=ビルケンフェルト家]]の公子フリードリヒ・ミヒャエルと、同じくプファルツ系傍系プファルツ=ズルツバッハ家出身の妻マリア・フランツィスカ・フォン・ズルツバッハの長女として、[[マンハイム]]で生まれた。弟に初代[[バイエルン|バイエルン王]]となった[[マクシミリアン1世 (バイエルン王)|マクシミリアン1世ヨーゼフ]]がいる。
 
1769年、当時[[選帝侯]]であったフリードリヒ・アウグストと結婚した。なお、1774年にアマーリエの兄である[[プファルツ=ツヴァイブリュッケン|プファルツ=ツヴァイブリュッケン公]][[カール3世アウグスト・クリスティアン (プファルツ=ツヴァイブリュッケン公)|カール3世アウグスト・クリスティアン]]がフリードリヒ・アウグストの妹マリア・アマーリアと結婚している。
 
アマーリエは4子を生んだが、うち3人は死産し、一人娘のマリア・アウグスタのみが成人した。
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