「パンセ」の版間の差分

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『パンセ』全体は様々なジャンルに属する、と人々から見なされてきた。傑出した知性による思索の書、人生論、[[モラリスト]]文学、宗教書、等々。もともとパスカルの意図としては、護教書執筆の構想があり、それの材料となる断片を書きためていたらしいということが諸研究により次第に明らかになってきた<ref>塩川徹也『パスカル『パンセ』を読む』岩波書店</ref>。もっとも、それを踏まえたとしても『パンセ』はその思索・思想の奥深さと、つきつけてくるテーマの多様性と鋭さなどにより、やはり護教書に留まるものではないと見なされている。人間の[[欲望]]の構造、個人と[[共同体]]の問題、他者の存在によって想像的な自我が生ずること、認識と視点・[[言語]]との関係、テキスト[[解釈]]と[[暗号]]の問題、等々の重要で深遠なテーマが扱われており、特定の思想的・宗教的な立場を超えており、現代でもそのテーマの重要性は変わっていない。それゆえ現代でも世界中の人々によって読み継がれているのである。
 
『パンセ』は[[箴言]]を多数含んでいることでも知られている。
例えば「'''人間は考える葦である'''」(にんげんはかんがえるあしである)という有名な言葉も『パンセ』の中にパスカルが残した言葉である<ref>roseau pensant, ブランシュヴィク版断章No.347</ref>。「人間はひとくきの葦にすぎず、自然の中で最も弱いものである。しかし、考える葦である。」がおおよその訳である。
“[[ヨシ|葦]]のように人間はひ弱いものであるが、思考を行う点で他の[[動物]]とは異なっている”という事を示す言葉と言われている。