「統一モデリング言語」の版間の差分

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間もなく[[イヴァー・ヤコブソン]]が加わった。[[オブジェクト指向ソフトウェア工学]](OOSE)の開発者である。ヤコブソンは1995年に自身の会社である [[Objectory AB]] が買収されたことにより、ラショナルに合流した。この3人の方法論者を[[スリーアミーゴス]]と呼ぶ。
 
1996年、ラショナルはあまりにも多様なモデリング言語が存在しているとオブジェクト技術の採用が遅れてしまうと判断し、彼らの統合作業をオープンな統一モデリング言語の開発に方向転換した。[[OOPSLA]] '96 においてオブジェクト技術系の競合企業が集まってこれに関する話し合いが行われ、ランボーの[[オブジェクトモデル化技法|OMT]]記法で使われていた四角形でクラスを表す技法がブーチの雲でクラスを表す技法に勝った。この勝利を記念してランボーが[[ジョニ・ミッチェル]]の "Clouds" を[[ア・カペラ]]で歌ったという{{要出典|date=2008年2月}}。
 
スリーアミーゴスの技術リーダーシップの下、UML Partners という国際コンソーシアムが1996年に結成され、統一モデリング言語(Unified Modeling Language、UML)仕様が完成し、OMG RFP に対する応答として提案された。UML Partners の UML 1.0 仕様ドラフト版がOMGに提案されたのは、1997年1月であった。同月、UML Partners は Semantics Task Force を結成し、仕様の意味論的側面の仕上げと他の標準化作業との整合作業を行った。その結果は UML 1.1 としてOMGに1997年8月に提出され、1997年11月に採用された<ref>[http://www.omg.org/cgi-bin/doc?ad/97-08-11 UML Specification v. 1.1 (OMG document ad/97-08-11)]</ref>。