「シュガー・レイ・レナード」の版間の差分

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Dr jimmy (会話 | 投稿記録)
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* ハーンズとはレナード13戦目、ハーンズ12戦目の若手時代に一度対戦が内定したことがある。しかしアンジェロ・ダンディの反対によりこのマッチメイクは成立しなかった。代わりにレナードが対戦したのが、[[フロイド・メイウェザー・シニア]]である。
* ハグラーとの対戦での判定は、未だに論議を呼んでいる。試合後のダメージが、レナードの方がより大きかったためだが、特にブランクの影響で、中盤でのスタミナ切れが苦戦の要因と見られていた。その後、デュランとの第3戦に勝利したレナードが、次の対戦相手として、[[1990年]]に再戦を申し入れたが、ハグラーは拒否した。
* 25歳の時に網膜剥離で一旦引退を余儀なくされたが、この全盛期におけるブランクを惜しむ声も多い
* 「ケニー・G ライブ」(DVD/BMG JAPANより発売)にMCとして同行、登場する。サックス奏者[[ケニー・G]]との友人ぶりが見られる。