「双葉山定次」の版間の差分

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さらに、[[1937年]]1月場所を11戦全勝、5月場所を13戦全勝で連続全勝優勝し横綱に推挙される<ref>[http://www6.plala.or.jp/ma214/oozeki/ 歴代大関一覧]によると、昭和以降に大関になった力士で大関在位期間が全勝なのは'''双葉山ただ1人'''である。なお[[大正]]時代には栃木山が2場所・19勝1預無敗で横綱に昇進している。</ref>。この推挙後に父親が死去。横綱昇進後、[[1938年]]1月場所と5月場所はいずれも13戦全勝で5場所連続全勝優勝を果たす。5月場所で双葉山の前の記録保持者である[[谷風梶之助 (2代)|谷風]]の63連勝([[引分 (相撲)|分]]・[[預り (相撲)|預]]・休を挟んだ記録)を、約150年ぶりに塗り替えている。
 
[[1939年]]1月場所4日目([[1月15日]])、前頭4枚目[[安藝ノ海節男|安藝ノ海]]に敗れるまで69連勝を記録。69連勝は歴代最高記録である。双葉山と同じく昭和の大横綱である[[大鵬幸喜|大鵬]]、[[北の湖敏満|北の湖]]や[[千代の富士貢|千代の富士]](現[[九重 (相撲)|九重]])、それに69連勝達成から70年余り経った2010年1月場所14日目から2010年11月場所初日まで連勝を続けた[[白鵬翔|白鵬]]でさえ63連勝とあと6勝届くことの出来なかったこの大記録は、おそらく永久に破られることはない不滅の記録であろうと言われている。双葉山が[[三役]]に上がった頃、一場所の[[取組]]日数は11日だったが、双葉山人気が凄まじく、1月場所でも徹夜で入場券を求めるファンが急増した為、日数が13日となり(1937年5月場所から)、さらに現在と同じ15日(1939年5月場所から)となった。
 
=== 70連勝ならずの一番 ===
193

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