「周敦頤」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Xqbot (会話 | 投稿記録)
m ロボットによる 追加: ru:Чжоу Дуньи; 細部の編集
Gisling (会話 | 投稿記録)
編集の要約なし
1行目:
[[ファイル:Shou Toni.jpg|250px|thumb|周敦頤・『晩笑堂竹荘畫傳』より]]{{儒教}}
[[File:庐山白鹿洞书院周敦颐铜像.JPG|thumb|right|200px|廬山白鹿洞书院の周敦頤銅像]]
'''周敦頤'''('''しゅうとんい'''、[[1017年]]-[[1073年]])は[[北宋]]の[[儒学]]者。現在の[[湖南省]]に位置する道州営道の出身。字は'''茂叔'''、号は'''濂渓'''。[[宋学]]の祖と[[南宋]]の[[朱熹]]によってみなされた。同じく朱熹が高く評価した[[程顥]]・[[程頤]]は、少年時代に周敦頤に師事していたとされる。生前はさほど注目されなかったが、朱熹が展開した[[道統論]]において[[孔子]]、[[孟子]]の延長上に周敦頤をおいたことから、儒学史において重要な地位を与えられた。著書は『[[太極図説]]』、『[[通書]]』。