「裸のマハ」の版間の差分

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97×190cm。[[1797年]]から[[1800年]]の間に描かれた。ゴヤは、多少ポーズを変えて衣服を着せた『着衣のマハ』も描いている。
 
西洋美術で、初めて実在の女性の[[陰毛]]を描いた作品といわれている。そのため、当時のスペインでは、問題になった。この絵が誰の依頼によって描かれたかを明らかにするために、ゴヤは何度か裁判所に呼ばれた。ゴヤは他人から依頼を受けて絵を描くことが多かったからである。しかし、結局、ゴヤが口を割ることはなかった。『裸のマハ』『着衣のマハ』の2点ともに、首相であった[[マヌエル・デ・ゴドイ]]の邸宅から見つかっている。そのため、ゴドイの依頼を受けて描かれたものと言われている。裁判の後、絵は100年弱の間、[[プラド美術館]]の地下にしまわれた。公開されたのは、[[1901年]]のことであった。
 
=== モチーフの女性は誰か ===