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===近世以前の歴史===
:行田市大字'''埼玉(さきたま)'''は、古くは[[万葉集]]に「さきたまの津」と言う記述があり、[[風土記]]にも「[[武蔵国]]埼玉郡(さきたまごおり)」とあるように、「埼玉県」の県名発祥の地である。
:[[古墳時代]]には[[稲荷山古墳]]などが造成され、これらからは金文字の入った[[金錯銘鉄剣]]など貴重な文化財が出土している。
 
:[[室町時代]]には[[忍城]](おしじょう)が築かれ、成田氏を中心とする武士団の本拠地として周辺に勢力を拡大していた。戦国期には[[北条氏|後北条氏]]と結んだため[[豊臣秀吉]]の[[小田原征伐|小田原攻め]]の際には[[石田三成]]に攻撃を受けることとなる。
:[[古墳時代]]には[[稲荷山古墳]]などが造成され、これらからは金文字の入った鉄剣など貴重な文化財が出土している。
 
:[[室町時代]]には[[忍城]](おしじょう)が築かれ、成田氏を中心とする武士団の本拠地として周辺に勢力を拡大していた。戦国期には[[北条氏|後北条氏]]と結んだため[[豊臣秀吉]]の[[小田原征伐|小田原攻め]]の際には[[石田三成]]に攻撃を受けることとなる。
 
:[[江戸時代]]には阿部氏、後に[[松平氏]]の[[城下町]]。石高は十万石。
 
:江戸時代中期より、下級武士の内職として[[足袋]]の生産が始まり、[[明治時代]]を迎えて機械化され一大産地となる。戦後は洋装化が進んだため衰退したが、今でも生産は行われているほか、足袋から転じた繊維産業が地場産業として一定の地位を占めている。「きねや足袋」が老舗の名店として有名。
 
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==名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事==
*忍城御三階櫓
:市内中心部の市立郷土博物館内に併設されている。[[1873年]]([[明治6年]])に解体されたが、[[1987年]]([[昭和62年]])に再建された。春には桜がきれい
:春には桜がきれい。
*古代蓮の里
:近隣のごみ焼却場建設時に種が発見された古代蓮や、その他の蓮を鑑賞できる(開花時期のみ)。展望台のある古代蓮会館を併設している。
*[[さきたま古墳群]](県立さきたま古墳公園)
:[[1968年]]([[昭和43年]])に「[[金錯銘鉄剣]]」([[国宝]])が出土した[[稲荷山古墳]]や、日本最大級の[[円墳]]である[[丸墓山古墳]]が有名である。古代、この辺りの有力者の根拠地が置かれていたと推定されている。
:毎年5月には「さきたま火祭り」が開催されている。
 
==出身有名人==
*[[根本要]](「[[スターダストレビュー]]」メンバー)
*[[飯島俊行]]([[モータージャーナリスト]]、[[写真家]])
 
==その他==