「日系ペルー人」の版間の差分

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== 移住 ==
ペルー経済の悪化の影響によって、[[1980年代]]後半から、[[日本]]や[[アメリカ合衆国]]へ[[労働移住]](もしくは dekasegui)した者が多い。2006年12月31日現在、日本では57,728人のペルー国籍者(日系人:推定26,000、偽造書類等で日系人になりすましたペルー人:推定15,000人を本との二重国籍者含む)が外国人登録をしている。このなかには日系ペルー人の配偶者(いわゆる非日系)や、偽造書類等を使って日本人の子孫であることを「証明」し、日本国の査証を取得した者、オーバースティを続ける者などがいるとしても、かなりの人数が本国から離れていることになる(仮にペルーの日系人口が8万人だとすると、就労可能人口のほとんどが来日している計算になり、不自然である)。また、日本での結婚・出産を経て「日本での二世」や「日本での三世」も誕生し、もはや一過性の出稼ぎとは言えない。日本への帰化者も多く(日本国籍を不正取得した偽装日系人が推定36%を占めている可能性)、いわば「ペルー系日本人」が誕生していることに注目すれば、「日系ペルー人」は単純に「ペルーの日系人」とは言い切れない。
 
また、[[日本]]への[[出稼ぎ]]も、経済的な事由だけとは限らない。経済恐慌がある程度落ち着いた[[アルベルト・フジモリ]]政権下でも、それ以降でも外国への[[労働移住]]は続いている。文化的、メンタル的な事由での外国への出国・滞在者も少なからず存在する。「(ペルーへの)愛国心」の程度を指摘する説がある反面、日系人のもつコスモポリタンな性格が影響していると指摘する説もある。