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:'''あしびきの''' やまどりのをの しだりをの ながながしよを ひとりかもねん([[柿本人丸]])
 
この和歌の冒頭におかれている「'''あしびきの'''」が枕詞と呼ばれるものである。枕詞はその多くがこのような五音節で、初めに置かれることが多い。そしてこの「あしびきの」という句は何のためにあるかといえば、その次の「やま」という言葉を導き出すためのものである。すなわちこの「あしびきの」という句があれば、その次はかならず「やま」という言葉が来る約束になっており、見た目には連体修飾語または連用[[修飾語]]のような文の形となる。このように枕詞は特定の言葉と結びついた組合せで成り立っているが、 [[平安時代]]以降の場合は歌の意味には直接的に関係しないことが多いと一般には解釈されている。なお枕詞は和歌の初句だけではなく、次のように第三句にも置かれる。
 
:さくらばな さきにけらしも '''あしびきの''' やまのかひより みゆるしらくも(『[[古今和歌集]]』巻第一・春歌上 [[紀貫之]])
 
ほかの枕詞については、下の枕詞の例を参照のこと。[[明治時代]]までのものを収集した[[福井久蔵]]の調査<ref>『枕詞の研究と釈義』</ref>によれば、1100種近い枕詞が存在する
 
== 歴史 ==
枕詞は『万葉集』から現代短歌に至るまで、長きに渡って用いられている。「まくらことば」という語自体は『古今和歌集』の仮名序にみえるが、これは[[歌枕]]の意味で使われていると見られる。<ref>ただしこの「まくらことば」は「まろら、ことば(わたくしたちのことば)」れら、言葉は…)の誤写ともいわれる。</ref> [[平安時代]]末の人物[[顕昭]]の著書『古今集序注』には[[藤原教長]]の説として、「マクラ詞トハ常詞<small>(つねのことば)</small>也」と記している。
 
枕詞は古くは歌枕のひとつとされ(歌枕の項参照)、また「次詞」([[藤原清輔]]『袋草紙』)、「枕言」([[今川貞世|今川了俊]]『落書露見』)、「冠辞」([[賀茂真淵]]『冠辞考』)などとも呼ばれた。枕詞という語が現在の意味で使用されるのは[[一条兼良]]『古今憧蒙抄』、[[清原宣賢]]『日本書紀抄』など、中世以降の資料に見えるものが早いとされる。[[明治時代]]までのものを収集した[[福井久蔵]]の調査<ref>『枕詞の研究と釈義』</ref>によれば、1100種近い枕詞が存在する。
 
和歌以外では『[[風土記]]』などに使用された例がある。『風土記』ではこれらの例を「諺」といっており、枕詞がことわざと同じように、習慣化した、決まり文句という扱いをうけていたことが想像される<ref name=dobashi>[[土橋寛]]『古代歌謡論』</ref>。語義については、[[高崎正秀]]が後に引く折口信夫の師説を援用して「魂の宿る詞章」と説明するが<ref>「万葉集の枕詞」『万葉集講座』研究方法篇([[春陽堂書店|春陽堂]])</ref>、既にふれたように、「枕詞」という用語自体が中世以降のものであることを考慮すれば、歌の一番初めに来るので、前書きの意味での「枕」に近いものと推測される<ref>[[増井元]]「万葉集の枕詞」『万葉集講座』第3巻([[有精堂]])</ref>。
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枕詞の起源は明らかではないが、古くは序詞と一組のものと考えられていた。たとえば[[契沖]]が「序(詞)ト云モ枕詞ノ長キヲ云ヘリ」(『万葉代匠記』)と説明しているのが代表的な例である。[[折口信夫]]も序詞の短縮されたものが枕詞としている<ref>『折口信夫全集』第1巻</ref>。近年では[[中西進]]が、序詞と枕詞をいずれも「連合表現」と括って、あまり両者を区別するべきではないと説いている<ref>「万葉集の連合表現」『万葉集研究』第2巻</ref>。
 
しかし、枕詞は『風土記』などにもあるように、歌の修辞が原型でないと思われる節があるのに対して、序詞というのはもっぱら歌の技法である。この点に両者の差異があると考えられる<ref name=dobashi/>。枕詞の源流については、早くは真淵の『冠辞考』のように、和歌の調子をととのえるものと理解されていた。しかし[[加納諸平]]は土地を褒めたたえる詞章が枕詞の原型であろうと考察し枕詞考考察し、この考えが以降の研究に大きな影響を与えている。とくに近代になって、折口が[[諺]]を由来に持ち、[[祝詞]]の言葉などと共通性を持つ、呪力を持った特別な言葉(らいふ・いんできす)であり、それが後世になって形骸化していき、だんだんと言語遊戯的なものとなっていったと説明しており、学会では広く支持されている<ref>『全集』第1巻など</ref>。これは、『風土記』の例が地名にかかって賛美する例がおおいこと、また[[記紀歌謡]]などにみえる古い枕詞が土地や神名、あるいは人名など、固有名詞にかかる場合が多く、これらを讃美する表現とみられるためである。これが万葉集になると、一般名詞や用言にかかる枕詞も沢山使われるようになり、範囲が増大する。
 
また[[柿本人麻呂]]の時代になると、「天離(あまざか)る 夷(ひな)」というような否定的な意味を持った枕詞(都から遠く離れた異郷の意)もあらわれ、「讃美表現」という元々の枠組みも失われていき、修飾する五音句というふうに移っていく。このような変遷をたどった要因として、漢籍の知識の増加など、いくつもの要因が考えられるが、最大のものは、歌が「歌われるもの」から「書くもの」へと動いていったということが考えられている<ref>[[稲岡耕二]]「人麻呂の枕詞について」『万葉集研究』第1巻</ref>。つまり、声を出して歌を詠み、一回的に消えていく時代から、歌を書記して推敲していく時代を迎えたことによって、より複雑で、多様な枕詞が生み出されたと考える。これは『万葉集』に書かれた歌を多く残している人麻呂によって新作・改訂された枕詞がきわめて多い<ref>[[澤瀉久孝]]「枕詞における人麻呂の独創性」『万葉集の作品と時代』</ref>ということによっても、裏付けられることであろう。
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* 茜さす(あかねさす)→日、昼、紫、照る、君
* 秋津島(あきつしま)・[[トンボ|蜻蛉]]島(あきしま)→大和
* 朝露の(あさつゆの)→消(け)、消え、おく、命
* 足引きの(あしびきの)→山、峰、尾の上 など
81行目:
* 鵺鳥の(ぬえどりの)→のどよふ、うらなげ、片恋
* 射干玉の(ぬばたまの)→黒、髪、夜、夕べ、月、妹 など
* 唐棣色の(はねずいろの)→うつろい易ひやす
* 柞葉の(ははそはの)→母
* 春霞(はるがすみ)→春日(かすが)、立つ、おぼ
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* 真金吹く(まかねふく)→吉備
* 水篶刈る(みすずかる) →信濃
::本来、信濃の枕詞は「水薦苅」すなわち「みこもかる」であったが、近世に「薦」を「篶」の誤字とする説が有力となり「みすずかる」が広まった。
* 水鳥の(みづどりの)→浮き、立つ、青葉、鴨
* 群肝の(むらぎもの)→心