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'''王鳴盛'''(
[[字]]は鳳喈、礼堂、あるいは西荘と号した。また、晩年の号は西沚。[[江蘇省]][[嘉定区|嘉定県]]の出身。妹は[[銭大昕]]の妻。
幼少の頃から、[[経学]]を[[恵棟]]から、詩文を[[沈徳潜]]から学び、17歳で[[
学問的には、樸学(漢学)を志し、経学においては、[[鄭玄]]を理想とした。また、中国の伝統的な[[図書分類法]]である[[四部分類]]の各分野全てで著書を残そうと志してそれを実現<ref>経部→『尚書後案』、史部→『十七史商榷』、子部→『蛾術篇』、雑部→『耕養斎文集』とされている。</ref>させた。史学では、経学の手法を応用して、[[正史]]の異同を精査し、また小説・野史・金石文までも当たって考証を重ねた。
== 主著 ==
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* ''[[清史稿]]''巻487
* ''[[清史列伝]]''巻268
== 脚注 ==
<references/>
== 参考文献 ==
* 吉田純「王鳴盛」『歴史学事典 5 <SMALL>歴史家とその作品</SMALL>』(弘文堂、1997年) ISBN 978-4-335-21035-8
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