「欧州石炭鉄鋼共同体」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Stukn (会話 | 投稿記録)
m →‎最高機関: ルネ・マイエール (政治家)|
編集の要約なし
32行目:
|}
 
'''欧州石炭鉄鋼共同体'''(おうしゅうせきたんてっこうきょうどうたい)とは、[[冷戦]]期に6か国によって設立され、のちに[[欧州連合]]となっていく[[国際機関]]。[[英語]]表記の頭文字(European Coal and Steel Community)から '''ECSC''' とも略される。欧州石炭鉄鋼共同体は[[スープラナショナリズム]]の原則に基づいて設立された最初の機関である。
 
欧州石炭鉄鋼共同体は1950年5月9日に[[フランス外務省|フランス外相]][[ロベール・シューマン]]が提唱したもので、[[フランス]]と[[ドイツ]]の間での戦争を繰り返さないという考え方に基づいている。その後1951年に[[パリ条約 (1951年)|パリ条約]]が調印されたことを受けて欧州石炭鉄鋼共同体が設立されることになるが、条約の調印にはフランスとドイツ(当時は[[西ドイツ]])だけでなく、[[イタリア]]と、[[ベルギー]]、[[オランダ]]、[[ルクセンブルク]]の[[ベネルクス]]3か国も加わった。欧州石炭鉄鋼共同体の発足によりこれらの調印国の間で[[石炭]]と[[鉄鋼]]の[[共同市場]]を創設することが企図されていた。欧州石炭鉄鋼共同体は加盟国政府の代表、議会の議員、独立の立場にある司法の監督を受ける最高機関の下で運営がなされた。