「現人神」の版間の差分

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「化身」と「現人神」は別個
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==概要==
その成立にあたって[[王政復古]]の形式をとった明治新政府は、[[大日本帝国憲法第3条]]において「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と定めるように、神格化([[小林よしのり]]はこの解釈に反対で、「天皇は絶対神」や「天皇は神様」だと明記した条文ではなく、「天皇の神聖不可侵」=「天皇の名誉や尊厳を汚してはならない」と記した条文であると主張している。理由は「神聖」とは字面では「聖なる神様」ととれるが[[広辞苑]]には「尊くて侵しがたいこと。清浄でけがれないこと」とある。また神聖不可侵との具体例は天皇は国政に介入できない代わりに、その結果を問われない。また[[君主制]][[国家]]では君主の尊厳や名誉が不可侵なのは当然であり、[[デンマーク]]や[[スペイン]]などの日本が明治憲法を持つ前に存在した君主国の憲法には「神聖不可侵」を明記していた。明治憲法はこれらを先例に倣ったに過ぎないとしている。また天皇が神格化即ち絶対神の様にされたのは支那事変からで、その後の泥沼化で神格化が激しくなったので所謂「苦しいときの神頼み」である。また教育で天皇を絶対神のように教育されたのは昭和14年からで、その教育を受けたのは「少国民世代」だけであるとしている。<ref>小林、[[ゴーマニズム宣言スペシャル・天皇論]]P153~168・P250</ref>。)された天皇を国民統合の精神的中核とする国家体制を形成した([[国家神道]]、[[国体]]も参照)。第二次世界大戦での敗戦後、天皇のいわゆる「[[人間宣言]]」によってその神格性が「架空のもの」であると念押し的な意味合いで言及されたため、公の場で「現人神」と言う呼称を用いられる事は無くなった。
 
ただし、このような詔書解釈に右翼・保守派・宗教者の一部は疑義を抱き、現在でも天皇を「現人神」として神聖視している者もいる(詳しくは[[人間宣言#一般的解釈に対する疑義|人間宣言]]の項を参照)。