「リチャード・P・ファインマン」の版間の差分

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*父親は「身分」なんぞというものに決して頭を下げないという考え方があった。このため、法王だろうが皆と同じ人間であり「違うところは着ているものだけさ」とファインマンに言い聞かせていた。また、父親はセールスマンではあったが、人間は嘘をつくよりも正直でいた方が結局は成功するという信念があり、これらの考え方はファインマンが受け継ぐようになる。
*また父親は物理や科学の知識を持っていたわけではないのだが、子供の「なぜ?」という質問に対して説得力のある説明を与えることが得意だった。後にファインマンは「"本当にわかった"と思うのは、物事に二通り以上の説明ができた時だ」と語り、自身優れて分かりやすい説明能力で人気を集めたが、こうした姿勢も父親から受け継いだものである。
*ひとたび物理のこととなると没頭してしまうので、相手が誰であるかなど忘れてしまい、どんな大物であろうとも意見が変だと思えば『いや、違う、違う。君は間違っているぞ』とか『気でもふれたか(You must be crazy.)』などと、とんでもないことをつい言ってしまう癖があった。しかしロス・アラモス研究所に在籍中、[[ハンス・ベーテ]]や、当時物理界の大物として知られた[[ニールス・ボーア]]は、彼らの名声におののいて本音を言おうとしない周囲と相対して本音しか言わないファインマン気に入り、相談相手として起用していた。
*悪名高い[[デーモン・コア]]を素手で触った本人の談によると、[[プルトニウム]]は[[崩壊熱]]による、曰く「[[放射能]]の暖かみがある」とのこと。
*何につけても自分が正しいと思ったことは実証しなくては気が済まない性格だった。あるとき大学の[[フラタニティ]]と、小便は重力によって体から自然に出てゆくのかどうかという議論でケンケンゴウゴウとなり、ファインマンが逆立ちして小便できるところを見せ、そうでないことを実証した。
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*3度の結婚を経験した。最初の妻(アーリーン)とは結核により死別、2番目の妻(メアリ・ルー)とは離婚。最終的な家族には3番目の妻のグウェネスのほか、実の息子にカール、後に養子として迎えたミシェルがいる。カールは幼い頃から父親同様に数学に多大な興味を示したが、同じように生活してきたはずのミシェルは全く興味を示さず、ファインマンはその違いに驚いた。
*NASAのチャレンジャー事故調査委員になるべきかどうか悩んでいたとき、夫人のグウェネスに「あなたが引き受けなかったら、12人の調査員はみんなでぞろぞろ連れ立って、色々な処を調べるが何も見つけられないけど、あなたが行けば、ひとりで飛びまわって、ひとの考えないようなことを調べ、きっと事故原因を見つける。あなたみたいなやり方のできる人は、他にはいないから」と諭され、委員になる事を決意したと話している。
*晩年、友人との談話中にたまたまソ連の一風変わった地名「[[クズル|キジル]]」(現・[[ロシア連邦]][[トゥバ共和国]])というに行こを知り、どにかして訪れたいと、何年にもわたって交渉を重ねていた。肝心の理由は「変わった地名だから」というものであった。<!--このエピソードは友人の書いた『ファインマンさん最後の冒険』に記されている。-->
*生涯を通じてユーモア溢れる語り口で有名であったが、それは死に際まで変わらず、最後に口にした言葉は“2度死ぬなんて、まっぴらだよ。全くつまんないからね(I'd hate to die twice. It's so boring.)”であった。
*彼が幼少の頃に過ごしたファーロッカウェイのコーナガ・アベニューは、彼にちなみ2005年5月11日に[[ニューヨーク市]]により『リチャード・ファインマン・ウェイ』と改名されている。