「青ナイル川」の版間の差分

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青ナイル川は、エジプトの暮らしに不可欠である。長さこそ白ナイル川より短いが、エジプトに流れ着く水の56%は青ナイル川に由来するもので、同じく[[エチオピア高原]]に源を発するアトバラ川との合流時には、両者を合わせた水量の割合は90%にまで達する。また、流されてきた堆積物の割合は96%にも及ぶ。<ref>Marshall et al., {{PDFlink|[http://www.holivar2006.org/abstracts/pdf/T1-026.pdf Late Pleistocene and Holocene environmental and climatic change from Lake Tana, source of the Blue Nile]|247&nbsp;[[Kibibyte|KiB]]<!-- application/pdf, 252967 bytes -->}}, 2006</ref>
スーダンにおいても青ナイル川は重要な資源であり、スーダン国内の電力の80%はRoseiresとSennarのダムで賄われている。これによって、高品質な[[綿花]]のほか[[コムギ|小麦]]や[[飼料|飼料作物]]の産地であるゲジラ平原の[[漑]]などが行われている。
 
ヨーロッパ人で初めて青ナイル川をタナ湖から[[ナイルデルタ]]まで探検したのは、[[スコットランド人]]の[[探検家]][[ジェームズ・ブルース (旅行家)|ジェームズ・ブルース]]で、[[1770年代]]のことである。その後[[2004年]][[4月28日]]には、[[地質学者]]Pasquale Scaturroと、そのパートナーで[[カヤック]]選手・[[ドキュメンタリー]][[映画監督]]のゴードン・ブラウンも、ブルース以来初めて青ナイルをタナ湖から河口まで旅行し、その行程を撮影している。