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'''マニクール・サーキット''' (''Circuit de Nevers Magny-Cours, シルキュイ・ドゥ・ヌヴェール・マニ=クール'') は[[フランス]]中部、[[ヌヴェール]]からおよそ13km南のマニクール村にある[[サーキット]]。全長4411m。
== 概要 ==
[[フォーミュラ1|F1]][[フランスグランプリ]]が[[1991年]]から2008年まで行われていた。元F1コンストラクターであった[[リジェ]]のファクトリーが隣接し、グランプリが当地に誘致された経緯には、[[フランソワ・ミッテラン|ミッテラン]]大統領(当時)が当地出身でリジェのオーナーであった[[ギ・リジェ]]とは旧知の仲であったため、政治力が働いたのではないかと噂された。サーキットは近代的な設備が整っているものの、周囲には田園風景が広がるのみであることによるアクセスの悪さ、観戦のための宿泊施設などは整備されていない等の理由で何度かフランスGP中止の危機にさらされてきたが、代替地の誘致にも難航していることから中止には至っていなかった。しかし2008年10月15日にフランスモータースポーツ連盟が開催費用が高すぎるという理由から2009年度の開催を中止した。▼
[[フォーミュラ1|F1]][[フランスグランプリ]]が[[1991年]]から2008年まで行われていた。[[リジェ]]の創始者[[ギ・リジェ]]が当地出身で、隣接地にリジェのファクトリーがあった。[[フランソワ・ミッテラン|ミッテラン]]大統領(当時)がギ・リジェと旧知の仲であったため、グランプリが当地に誘致された経緯には政治力が働いたのではないかと噂された。
コース路面は非常にフラットな舗装で、かつアスファルトが比較的黒っぽいことから、タイヤの磨耗が大きい
2003年には最終コーナー周辺が改修され、ピットでのロスタイムが縮小された。
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▲コース路面は非常にフラットな舗装で、かつアスファルトが比較的黒っぽいことから、タイヤの磨耗が大きいサーキットであり、2004年までと2006年からのタイヤ交換可能なF1レギュレーション下では、フューエル・エフェクト(燃料量がラップタイムに与える影響のこと)を上回るほどである。また、非常に前車を抜きにくいレイアウトであることから、2004年フランスGPでは、[[スクーデリア・フェラーリ|フェラーリ]]の[[ミハエル・シューマッハ]]が、4回ピットストップ作戦により[[ルノーF1|ルノー]]の[[フェルナンド・アロンソ]]を破る展開で勝利している。
[[ミハエル・シューマッハ]]は
== コースレイアウト ==
[[ファイル:Magny Cours 1992.jpg|thumb|right|160px|1992年から2002年までのレイアウト]]
[[ファイル:Magnycourt1new.jpg|thumb|right|220px|ピットから最終コーナー方向の眺望]]
短いホームストレートから、スピードを保ちながら1・2コーナーへ。左回りの高速ロングコーナー'''エストリル''' (Estoril) を通過して、緩やかに右にカーブした長いバックストレートに向かう。ストレートエンドの'''アデレード''' (Adelaide) ヘアピンでは、ギアを1速まで落としてハードブレーキングを行う。ここがコース中最大のパッシングポイントとなる。ただし、エストリルでは乱気流の影響で前走車に接近しにくいため、バックストレートでのオーバーテイクは簡単ではない。
ヘアピンを立ち上がると、反対方向にまたストレートが続く。'''ニュルブルクリンク''' (Nürburgring) シケインを高速でかすめるように通過し、減速して左コーナーの'''180'''を回り込む。
コースは再び逆方向に向かい、高速シケインの'''イモラ''' (Imola) へ。ここは入口に下り、出口に上りの勾配が付いている。右回りの'''シャトー・ドー''' (Chateaux D'Eau) は改修前よりも尖った形状に変更された。
最終セクションの'''リセ''' (Lysée) も改修前は右・左・右と大きく切り返す低速シケインだったが、パッシングポイントとなるようアプローチ部分を延長し、鋭角な右ターンに変更された。リセを立ち上がると加速し、小さな[[クランク]]を縁石を跨ぎながら通過してホームストレートに戻る。
マニクールのピットレーンは非常に幅が狭く、レース中に各車が同時にピットインすると、あわや接触というシーンがみられた。
== マニ・クールでの過去のF1グランプリの結果 ==
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