「バル・コクバ」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Sillago (会話 | 投稿記録)
出典付加
Sillago (会話 | 投稿記録)
m typo
1行目:
'''バル・コクバ'''({{lang-he|בר כוכבא}}、'''バル・コホバ'''とも、? - 135年)は[[第二次ユダヤ戦争]]を指揮したユダヤ人の革命指導者、[[ナーシー]](在位132年~135年)、救世主([[メシア]])を自称した<ref name=Naga391>「バル・コホバ」長窪(2009) pp35pp391-36392</ref>。
 
バル・コクバはヤコブ族の子、シモン・ベン・コスィバとして生を受けた。彼は131年にエルサレムが[[アエリア・カピトリナ]]として再開発されるという計画を知り、同志を率いてローマ帝国に対して蜂起、ユダヤの独立を宣言した。当時のユダヤ教のラビの最高指導者と言われていた[[アキバ・ベン・ヨセフ|ラビ・アキバ]]はシモンのカリスマに打たれ、彼を聖書が予言したユダヤの救世主([[メシア]])であると宣言した<ref>ザハル p211</ref>。これを受けてユダヤ教の聖職者たちは全面的に彼を支援することとなった。アキバはシモンにバル・コクバ(星の子)という名前を与えた。これは、民数記24章17節の「ヤコブから一つの星(コーカーブ)が出る」という句を踏まえたものである<ref name=Naga391 />。