「甲南大学レッドギャング」の版間の差分

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== 1部リーグ定着 1998年 - 2002年 ==
[[1998年]]は2部リーグで優勝、入れ替え戦の相手は2年連続で[[同志社大学ワイルドローバー|同志社大学]]であった。試合は0-0のまま第4クウォーターまで進み、試合終了間際に敵陣エンドゾーン目前で決まれば勝利の[[アメリカンフットボール#フィールドゴール|フィールドゴール]]を試みるが、失敗。試合は延長タイブレイクとなり2回目の同志社の攻撃で[[フィールドゴール]]が外れ、6-3で勝利し1年で1部リーグに返り咲いた。[[1999年]]には、設備の面でデイリーコーチの固定化、トレーニングルームの充実など、環境が徐々に整い、春シーズンの[[関西学院大学ファイターズ|関西学院大学]]との練習試合で13-10と勝利。秋シーズンでは1部復帰1年目で4勝3敗と勝ち越し、当時3強の[[関西学院大学ファイターズ|関西学院大学]]・[[立命館大学パンサーズ|立命館大学]]・[[京都大学ギャングスターズ|京都大学]]に次ぐ4位。4勝のすべてが10点差以内という接戦続きであった。翌[[2000年]]には主将[[ディフェンシブエンド]]慈幸、オールジャパン選出の[[アメリカンフットボールのポジション#ディフェンシブライン|ディフェンスライン]]岡部、好[[ラインバッカー]]石原擁するディフェンスとリーディングレシーバー(捕球回数1位)の松下、好[[クォーターバック]]仲田などタレント揃いのメンバーで秋シーズンでは37年ぶりの開幕4連勝を挙げ、全勝対決で迎えた[[関西学院大学ファイターズ|関西学院大学]]との試合は前半14-14で折り返すも、28-49で敗れてしまい、2年連続で4勝3敗で4位の成績を残した。01年、02年と2勝5敗で5位となり02年には初めて西日本大学王座決定戦([[ウエスタンボウル]])に出場、[[九州大学パルーカス|九州大学]]に41-0で勝利。
 
== 苦難の時代 2003年 - 2006年 ==