「北川博敏」の版間の差分

1年目の[[フレッシュオールスターゲーム|ジュニアオールスター]]でMVPを受賞するなど、打力のある捕手として期待されたが、チームには[[関川浩一]]・[[矢野燿大|矢野輝弘]]などが活躍しており、セールスポイントの打撃も一軍では結果を出せなかった。それに追い討ちをかけるかのように、{{By|2000年}}には[[野村克也]]の息子・[[野村克則|カツノリ]]が加入して出場機会が激減。同年オフに[[湯舟敏郎]]・[[山崎一玄]]と共に、[[酒井弘樹]]・[[面出哲志]]・[[平下晃司]]との3対3のトレードで[[大阪近鉄バファローズ]]へ移籍、背番号は'''46'''となった。
 
{{By|2001年}}、[[梨田昌孝]]に認められて一軍に定着し、[[4月28日]]にプロ初本塁打を記録。[[5月27日]]は29歳の誕生日だったが、生まれて初めて[[サヨナラゲーム|サヨナラ]]安打を放ち、[[お立ち台]]で涙を流した。[[9月26日]]、のちに所属することとなる[[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ]]戦で、3点リードされた9回裏無死満塁の場面で代打出場、当時新人だった[[大久保勝信]]からプロ野球史上初の'''代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打'''を放ち、12年ぶり4度目のパ・リーグ優勝に大きく貢献、「'''ミラクル男'''」と呼ばれた。日本シリーズでの[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]戦では1勝4敗と敗れたが、全試合に出場して14打数7安打、打率.500の好成績を残した。優勝決定サヨナラ本塁打について、球団は同年の[[契約更改]]で「'''あの本塁打は10万円分の価値しかない'''」と言ったが、これはジョークで、前年のほぼ倍となる大幅年俸アップで更改した<ref>ただし、球団は前半戦での活躍を評価しており、北川自身も本塁打のみが評価の対象となることを嫌っていた。また、代打逆転サヨナラ満塁本塁打で優勝決定というあまりに劇的な幕切れから度々その映像がメディアに流されたことで、着弾点近くに広告を出していた大装が「優勝決定ホームランの映像が繰り返し放映されたことで、うちの広告が何度も全国放送で流されて良い宣伝になった」として、北川に感謝を込めて10万円を贈呈した(球団側の発言に出てくる金額は、この話を受けてのもの)。北川はこの本塁打について「人生で一番嬉しかった出来事」と語っている。</ref>。
 
{{By|2002年}}は[[オープン戦]]で負傷し、43試合・打率.266・1本塁打・8打点と精彩を欠いた。
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