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第五公理は「平行線の錯角は等しい」という命題と同値である事が知られているので'''平行線公理'''ともいう。これらの公理の中で最後の平行線公理は他の公理ほど自明ではない。このため平行線公理は他の4つの公理から導けるのではないかという疑問が生じた('''平行線問題''')。
 
19世紀に[[カール・フリードリヒ・ガウス|ガウス]]、[[ボヤイ]]、[[ロバチェフスキー]]らによって、最初の4つの公理が成立しかつ平行線公理が成立していないような幾何学の体系([[双曲幾何学]])が構成された事によって平行線問題は否定的に解決された。もし最初の4つの公理から平行線公理が導けるのであればこのような幾何学は存在するはずがなく、よって平行線公理は他の4つの公理からは導けないのである。平行線公理を仮定して展開される[[ユークリッド幾何学]]に対し、双曲幾何学のように最初の4つの公理は満たすが平行線公理のみは満たさないような幾何学[[非ユークリッド幾何学]]といわれる。双曲幾何学の発見により、互いに相容れない前提にもとづく様々な数学の体系がありうる事が認識されるようになった。
 
20世紀はじめには[[ダフィット・ヒルベルト|ヒルベルト]]を中心とした数学の抽象化・形式化の運動の中で、公理にもとづき理論を展開するという立場が強調された。公理系に求めるべき[[妥当性]]として、[[矛盾]]が導かれないことや、必ず成立するような[[命題]]は全て証明可能であることがあげられる。ヒルベルトは有限のデータによって定まり(有限の立場)このような妥当性を満たす公理系をもとにして数学を展開することを目指した([[ヒルベルト・プログラム]])。この考え方は[[ハウスドルフ]]らによる[[位相空間]]論、[[ブルバキ]]による数学の再編成などを通じて20世紀の数学に大きな影響を与えた。しかし[[ゲーデルの不完全性定理]]によって「普通の数学」(自然数論)を展開できるような公理系では(体系が無矛盾である限り)その無矛盾性を与えられた公理系だけからは証明できないことがしめされ、ヒルベルトが思い描いた形でのヒルベルト・プログラムは実現しないことがわかった。