「ウズベク語」の版間の差分

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== 歴史 ==
現在のウズベキスタンに相当する[[トランスオクシアナ]]地方は、9 世紀以降断続的に、北方の草原地帯から[[テュルク]]系遊牧勢力の流入を受け、イラン系言語が優勢であった住民の言語にも、徐々にテュルク系言語が浸透していった。
 
[[ティムール朝]]支配下の15世紀には、 [[ペルシア語]]の影響を強く受けたテュルク系文章語である[[チャガタイ語]]が成立し、宮廷や都市住民を中心に用いられた。[[バーブル]]や[[ナヴァーイー]]に代表される多くの文人により、チャガタイ語を使った洗練された作品が著された。
 
[[ロシア帝国]]による中央アジア征服後の 19 世紀末から 20 世紀初頭には、チャガタイ語の伝統を元に、口語の要素を加えた新しい文章語を用いる知識人が現れた。また、[[トルキスタン総督府]]が出版した『[[トルキスタン地方新聞]]』でも、現地の口語に基づいた文章語が「サルト語」と称して使われ、現代ウズベク語の基礎となる文化環境が整えられた。
 
帝政期のロシア領トルキスタンでは、オアシス定住民に対しては「'''[[サルト人]]'''」、遊牧民に対しては[[ウズベク|遊牧ウズベク]]に由来する「'''ウズベク人'''」といった民族名称が用いられてきた。こうした歴史的に形成された民族概念に対して、ソビエト政権は政策的な民族境界画定工作を実施し、[[1924年]]にはトルキスタン南部のテュルク系諸言語の話者は全て「ウズベク人」として識別された。新しく作られた「ウズベク人」の標準文章語には、[[サマルカンド]]のサルト語(現在のカルルク方言)が選定された。
 
== 話者 ==
ウズベク語の話者の大半は、ウズベキスタンに居住している。また、[[タジキスタン]]に 120 万人、[[キルギス]]に 55 万人、[[カザフスタン]]に 33 万人、[[トルクメニスタン]]に 31 万人が居住し、[[アフガニスタン]]北部、中国の[[新疆ウイグル自治区]]にもウズベク語話者が存在する。
 
== 系統 ==
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== 方言 ==
現代ウズベク語は、カルルク方言、キプチャク方言、オグズ方言の 3 つの方言に大別される。ウズベク語は、その成立経緯から、起源を異にする様々なテュルク系諸語の話者を含んでおり、「ウズベク語」という名称はその総称を示すものと考えられている。
* '''カルルク方言''' : - [[フェルガナ]]、[[サマルカンド]]の定住民の言語であり、現代の標準文章語の元になった方言である。
* '''キプチャク方言''' - [[ウズベク|遊牧ウズベク]]の子孫からなる[[タシケント]]、[[サマルカンド]]、[[ブハラ]]の住民の言語であり、母音調和の特徴を保持している。
* '''オグズ方言'''  : - [[ホラズム]]地方で話され、[[トルクメン語]]との類縁性を持つ。
 
== 表記 ==
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ウズベキスタン政府は、公共部門の全文書を新正書法に切り替え、[[2005年]]までに移行を完了するとしていたが、現在でもキリル文字による旧正書法は広く使われている。
 
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!colspan=5 |ウズベク語の新旧正書法対照表