「ケニー・ロフトン」の版間の差分

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==略歴==
===入団〜メジャーデビュー===
{{by|1988年}}に、[[ドラフト会議 (MLB)|ドラフト]]17巡目で[[ヒューストン・アストロズ]]から指名を受け、プロ入り。プロ4年目となる{{by|1991年}}には3A級で522打数168安打・17三塁打はいずれもリーグ1位となる成績を残し<ref>{{Cite web|url=http://www.thebaseballcube.com/leagues/1991/PCL.shtml|title=1991 Pacific Coast League Review - The Baseball Cube|language=英語 |accessdate=2008年6月12日|accessyear=2008年 }}</ref>、[[9月14日]]の[[シンシナティ・レッズ|レッズ]]戦でメジャーデビューを果たした。1991年は20[[試合]]の出場で[[打率]].203。一方で5[[盗塁]]を決めた。その後、シーズンオフの1991年[[12月10日]]、[[デーブ・ロード]][[内野手]]と共に[[クリーブランド・インディアンス]]にトレードされた(交換要員となったのは、[[投手]]の[[ウィリー・ブレイアー]]と、[[捕手]]の[[エディ・トーベンシー]]の2人)。
 
===5年連続盗塁王===
インディアンス移籍1年目の{{by|1992年}}は、開幕からレギュラーとして試合に出場。148試合で66盗塁(盗塁成功率85%)を決め、球団記録を更新し<ref name="brcle">{{Cite web|url=http://www.baseball-reference.com/teams/CLE/leaders_bat.shtml|title=Cleveland Indians Batting Leaders - Baseball-Reference.com|language=英語 |accessdate=2008年6月12日|accessyear=2008年 }}</ref>、盗塁王のタイトルを獲得。[[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)#ルーキー資格|ルーキー資格]]の持つ選手としてはリーグ史上[[ジョージ・ケース]]以来42年ぶりの快挙となった。その活躍ぶりが評価されて、[[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]の投票でも[[ミルウォーキー・ブルワーズ]]の[[パット・リスタッチ]]に次ぐ票を集めた。
 
{{by|1993年}}は更に成長を遂げ、打率.325(リーグ4位)、70盗塁を記録。2年連続で球団記録を更新し<ref name="brcle"/>、盗塁王のタイトルを獲得した。フル出場2年目で[[最優秀選手 (MLB)|MVP]]投票で15位に入り、[[ゴールドグラブ賞]]を初受賞。翌{{by|1994年}}は[[ストライキ]]のため、112試合にしか出場出来なかったにも関わらず60盗塁を決め、3年連続で盗塁王を獲得した。更に自己最高となる打率.349も記録し、リーグ最多の160安打を記録した。[[1994年のMLBオールスターゲーム|オールスターゲーム]]に初出場。MVP投票では自己最高の4位に入った。
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===突然のトレード〜再び古巣へ===
{{by|1997年}}に球団からの5年総額4,400万ドルの契約延長を拒否<ref name="bl1967">{{Cite web|url=http://www.baseballlibrary.com/ballplayers/player.php?name=Kenny_Lofton_1967|title=The Ballplayers - Kenny Lofton | BaseballLibrary.com |language=英語 |accessdate=2008年6月12日|accessyear=2008年 }}</ref>。[[3月25日]]に[[アラン・エンブリー]]投手と共に[[アトランタ・ブレーブス]]にトレードされた(交換要員となったのは[[デービッド・ジャスティス]]と、[[マーキス・グリッソム]]の両外野手)。122試合に出場したロフトンは打率.333を記録。しかし、故障の影響もあったが、走塁の方針がインディアンスとは異なり、思うように走ることができず<ref>「30球団マンスリー・リポート クリーブランド・インディアンス」『[[月刊メジャー・リーグ]]』1999年6月号、[[ベースボールマガジン]]社、1999年、[[雑誌コード|雑誌]] 08625-6、91項。</ref>、盗塁成功が27に対して失敗がリーグ最多の20。
 
1997年[[10月28日]]に[[フリーエージェント (プロスポーツ)|フリーエージェント]]となったロフトンは、移籍先として古巣のインディアンスを選び、[[12月8日]]に4年契約。わずか1年で、古巣へのカムバックとなった。{{by|1998年}}は154試合に出場。打率.282ながら54盗塁を決め、盗塁成功率は84.4%。リーグ最高の[[打順|リード・オフ・マン]]の地位を取り戻した<ref name="bl1967"/>。しかし、{{by|1999年}}は[[ハムストリング]]の故障により、120試合の試合出場に終わったが5回目のシーズン100得点を達成。一方で、25盗塁とデビュー年以来の低水準となった。