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{{otheruses|交通一般|日本における交通|日本の交通}}
[[画像:Bangkok traffic jam.jpg|thumb|right|240px|交通の諸相]]
'''交通'''(こうつう)とは、[[人]]や物が物理的に行き交うことであり、人間の[[社会]]活動に伴って発生する社会現象である。「交通」は広義には思想の
== 概要 ==
交通という経済活動は、物を移動する必要性という'''交通需要'''とそれを移動させる'''交通労務'''の供給の上に成立するとされる<ref name="jinbunchiri_p212"/>。交通は移動の対象から旅客交通と貨物交通に分けられる<ref name="jinbunchiri_p212"/>。旅客交通における交通需要としては、日常的な[[通勤]]・[[通学]]・通院などから[[観光]]まで様々なものがある。また、交通は移動の場所から陸上交通、水上交通、航空交通に分けられる<ref name="jinbunchiri_p212"/>。
== 交通
交通の手段・方法として整備された体系を'''交通機関'''または'''交通システム'''と呼ぶ。交通機関は、人間社会の発達に従って、より高度な手段を提供するように発達してきた。逆に交通機関における[[技術革新]]が人間社会の姿を大きく変化させてきた側面もある。
=== 交通機関の要素 ===
交通機関には、通路、運搬具、動力の三要素があるとされる<ref name="jinbunchiri_p213">靑野寿郎・保柳睦美監修『人文地理事典』 p.213 1951年 古今書院</ref>。
; 通路
: [[鉄道路線]]、[[道路]]、[[航路]]、[[航空路]]などを指す。鉄道の線路・舗装路・運河のように著しい工事が必要なものと航路や航空路のようにほぼ自然のままのものとがある<ref name="jinbunchiri_p213"/>。単一もしくは複数の交通機関によって網の目のようにめぐらされた交通路を交通網(交通ネットワーク)という。
; 運搬具
: 現代の交通機関の代表例として[[車両]]、[[航空機]]、[[船舶]]などがある。
; 動力
: 交通機関の動力としては、人力・畜力・風力・水力など自然的なものと、蒸気力・石油燃焼爆発力・電力など人工的なものとがある<ref name="jinbunchiri_p213"/>。歴史的には交通機関は動力面において馬車から蒸気機関車・電車などへ、帆船から蒸気船・モーターボートなどへと機械化が進んだ。
かつて交通手段は[[人足]]、牛馬、[[ラクダ]]といったもので運搬具と動力が未分化であったが、運搬具と動力源の分離によって自然的制約を受けることが少なくなり交通の発達に画期的な進歩をもたらしたとされる<ref name="jinbunchiri_p213"/>。
今日の交通機関は、[[高度道路交通システム|ITS]]、[[鉄道]]の運行計画、道路の[[信号機|信号]]制御、[[航空交通管制|航空管制]]などを代表とする運行制御システム、また、[[運賃]]、収益管理、[[マーケティング]]などの営業システムの点で著しい発達を遂げている。
=== 交通機関の特性 ===
交通機関には、次のような特性がある。
; 公共性
: 交通網が高度に発達した現代社会においては人や物は交通網を利用して円滑に移動することを前提とするようになった。交通機関の一部がストップするだけでも[[社会問題]]となるのは、多くの人が通勤・通学といった日常生活や業務を交通機関に頼っているからである。交通は人間生活の根幹にかかわる重大事であり、ここに交通の公共性が認められ、交通業に対する保護・助長・監督・統制あるいは交通の秩序と安全の維持といった交通政策・交通行政が行われる<ref name="jinbunchiri_p212"/>。
; 投資規模
: 一般に交通機関を整備するには巨額の費用がかかる。空間的に移動することが交通の目的であるため、広域な設備が必要になる。また、通勤ラッシュのように集中的な需要も発生するため、大容量の確保が過剰な投資に繋がりやすい。更に、これらの施設や交通具は、他の用途への転用が難しいため、[[埋没費用]]が大きくなる。
; 耐用年数
: 一般に交通機関に使用される施設の耐用年数は長い。[[コンクリート]]、[[土|盛土]]、[[鋼]]などの材料でできた施設は、長い将来にわたって使用されることになる。将来の需要予測には大きな不確定要素が伴うので、投資の意思決定が困難になる。
=== 陸上交通機関 ===
陸上交通の輸送手段としては、古く人や動物の力を利用したものが広く利用されたが、今日では鉄道や自動車が主たる交通機関となっている<ref name="jinbunchiri_p266">靑野寿郎・保柳睦美監修『人文地理事典』 p.266 1951年 古今書院</ref>。
* 人力・畜力
** [[自転車]]
*** [[自転車タクシー]]
** [[人力車]]
** [[馬車]]
** [[牛車]]
** [[ラクダ]]
** [[ヤク]]
** [[リャマ]]
** [[トナカイ]]
** [[犬ぞり]]
* 動力機関
** [[鉄道]]
*** [[高速鉄道]] - [[新幹線]]
*** [[リニアモーターカー]]
*** [[路面電車]]
*** [[ライトレール]]
*** [[地下鉄]]
*** [[新交通システム]]
*** [[モノレール]]
*** [[索道]](ロープウェイ)
*** [[ケーブルカー]]
** [[自動車]]
*** [[自家用自動車]]
*** [[レンタカー]]
*** [[カーシェアリング]]
** [[オートバイ]]
** [[バス (交通機関)|バス]]
*** [[路線バス]]
*** [[高速バス]]
*** [[コミュニティバス]]
*** [[トロリーバス]]
** [[タクシー]]
*** [[乗合タクシー]]
*** [[三輪タクシー]]
=== 水上交通機関 ===
* [[フェリー]]、[[鉄道連絡船]]
* [[旅客船]]
* [[貨物船]]
* [[水中翼船]]
* [[ホバークラフト]]
=== 航空交通機関 ===
* [[飛行機]]
* [[ヘリコプター]]
== 交通の歴史 ==
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後述のように、地域間交通の主力交通手段が、鉄道からバス、航空機へシフトしてきている。
=== 陸
==== 鉄道 ====
現在、日本など先進国のほとんどでは[[鉄道]]網はほぼ完成状態にあるといえる。主要都市間の鉄道網は完備し、現在は高速鉄道網([[新幹線]])の整備に重点が置かれている。
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輸送手段としての自転車には、バイク便に似た業種としての自転車便というものがあり、都市部においてその小回りの良さを捉えて運用されている。
===
ふだん内陸部で生活することを常とする大半の人にとって、海運による航路というものは、交通手段としてあまり見えるものではないが、日本のような島国では、[[エネルギー]]、[[食料]]の大半は国外からの海路で供給されるものであり、また、古くは国内の道路が近年まで整備されなかったためもあり、[[江戸時代]]には、日本の北部、[[日本海]]側と[[太平洋]]側、あるいは[[瀬戸内海|瀬戸内]]側の物資の交流、[[米]]、[[海産物]]、[[木材]]の[[交易]]は、[[北前船]]という独特の構造をもった船で運ばれた。[[大阪]]などの[[上方]]から[[江戸]]への物資の輸送に活躍した[[菱垣廻船]]や[[樽廻船]]も有名である。今日、よく知られた書店にその名前を残す[[紀伊国屋文左衛門]]も、海路による交易で財を成した人物である。
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[[ヨーロッパ]]では、これに加えて運河網が発達しており、[[フランス]]などは、[[ヨット]]で水路だけで国をほぼ一周できるといわれるくらいに、運河が発達している。[[ドイツ]]も、東西に分割されていた時代は、西ドイツからの[[ベルリン]]への物資の供給はほとんど水路であったというくらい。[[オランダ]]などについては、言うまでもないことである。
===
[[航空|航空輸送]]([[航空会社]])については、日本では[[1965年]]ごろまでは幼稚産業の側面が見られた。
すなわち、日本航空は国際線を独占するとはいえ、政治・外交上の理由から運航を強制される側面があり、国際線は恒常的に不採算であった。日航は国内幹線の収益で経営を維持する状況が長く続いた。それ以外の航空会社では合従連衡が繰り返され、ようやく全日本空輸が国内線最大手の地位を確立するものの、経営の安定性には問題があり、一時期日航が全日空に対し出資するという事態すら見られた。
[[1970年]]頃、航空業界の経営安定化と拡大が予想された航空需要に対応することを主な目的に、当時の[[運輸省]]主導のもと、日本航空と日本国内航空、全日本空輸と東亜航空の合併が企図された。ところが、当時[[東京急行電鉄]]が観光市場の拡大を背景に航空業界への進出を目指したことを背景に、日本国内航空と東亜航空の合併を進め、東急系の航空会社として再編されることになった。
結果、いわゆる[[45/47体制]]により、国際線と国内幹線を担当する日本航空(現: [[日本航空インターナショナル]])、国内幹線と国内ローカル線、国際線チャーター便を担当する[[全日本空輸]]、国内ローカル線を主体とする東亜国内航空(現: 日本航空インターナショナル)の大手3社体制がここに成立し、日本の航空業界の構造を規定することとなった。この枠組みは[[1985年]]に一部修正され、全日空と東亜国内航空の国際線進出と日本航空の国内ローカル線参入が認められるようになった(東亜国内航空は1988年の国際線運航開始に伴い、日本エアシステムに社名変更)。また航空会社の裁量度合いも高まったが、基本的には45/47体制の延長線上に留まった。
こうした状況は、1990年代の規制緩和政策に伴い大きく変化した。整備などを外注化し、低運賃を目玉とするスカイマークエアラインズ(現: [[スカイマーク]])や[[北海道国際航空]] (AirDo) 等の設立は、古くから見られた日本航空と全日本空輸との間で繰り広げられた競争とは異質の競争をもたらした。市場競争を通じた運賃の低廉化が進行し、それは激しいものとなった。事実、新規参入の航空会社はいずれも経営困難に直面している。大手の航空会社でも、日本航空と日本エアシステムは[[持株会社]]方式で経営統合が行われた。
一方で、近距離の都市間を、小さな飛行機(10 - 20人乗り程度)で結ぶコミューター路線も開設された。しかし、なかなか採算が取れないのも現状である。さらに、地元からの積極的な誘致により新しく開港した空港も、需要が見込めず、ほとんど飛行機の発着がない空港もある。たとえば、[[紋別空港|オホーツク紋別空港]]は一日2便(一往復)しかない。[[佐渡空港]]や[[枕崎飛行場|枕崎空港]]は定期便の発着がない状態である。チャーター便の会社も営業を停止している。
日本を発着する国際線については、かなり前から運賃が自由化されており(時期や目的地によっては同程度以下の距離の国内線航空運賃より安いことも多い)目的地国の航空会社や運行コストの安い[[東南アジア]]の航空会社とも競争関係にあるが、[[アメリカ同時多発テロ事件]]の影響で航空業界全般に業績の悪化をもたらした[[2002年]]以降、グループ([[航空連合]])を作る動きが活発になり、各国の航空会社との提携を進め、一つの飛行機に複数の便名をつけて運行する[[コードシェア便]]が増加している。
== 脚注 ==
{{Reflist}}
== 関連項目 ==
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{{Wiktionary|交通}}
* [[運輸]]
* [[乗り物]]
* [[グローバリゼーション]]
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[[Category:交通|*こうつう]]
[[Category:旅行]]
{{Transport-stub}}
[[ab:Атранспорт]]
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