「田中康夫」の版間の差分

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=== 執筆活動 ===
第17回[[文藝賞]]受賞作品となり、社会現象とまで言われたデビュー作『なんとなく、クリスタル』([[爆笑問題]]の[[太田光]]にはこの作品しか世間から知られていないことを逆手に取られて'''「一発屋」'''と称された。)、既成の文学の形態から逸脱した文体や視点(やや[[ポストモダン文学]]寄りと言われている)は、当時日本の文学界に衝撃を与え、『[[純文学]]』的なものを良しとする風潮がまだまだ強かった文学界やマスコミを中心に賛否両論を巻き起こした。『なんとなく、クリスタル』の脚注に対しての「作者の批評精神あらわれ」<ref>江藤淳 「三作を同時に推す」 『文藝』、1980年12月号、269ページ</ref>([[江藤淳]])との評をはじめ「現代における”古典”といった趣き」<ref>[[川村湊]]による解説、)<ref>『昔みたい』解説、1989年、新潮社、新潮文庫、321ページ、ISBN 4-10-14305-0</ref>、「80年代以降の都市風俗に取材した稀有な[[ルポルタージュ|記録文学]]の書き手」<ref>斎藤美奈子 『文壇アイドル論』 2002年、岩波書店、237ページ ISBN 978-4000246132</ref>([[斎藤美奈子]])、「近代文学における保守本流の批判的継承者」<ref>佐藤清文 [http://www.geocities.jp/hpcriticism/published/yt.html 「まだ見ぬ田中康夫のために:Γεια σου.」] 『文藝別冊 田中康夫』 2001年、河出書房新社</ref>([[佐藤清文]])などの肯定的な評価もあるが、大半は否定的に評価されるか、黙殺されるかであった。
 
「価値紊乱者」であることを自認している。これは言い換えれば「物質的ブランドと精神的ブランドは等価値であり優劣は付けられない」ということで、この主張はデビュー当時より行っている。また小説執筆の際は「サースティ」、すなわち「物質的には満ち足りているが精神的には不満足」といったテーマで作品を書くことが多く、同名の短編集も出している。
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