「ドナテッロ」の版間の差分

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'''ドナテッロ'''('''Donatello''', [[1386年]] - [[1466年]][[12月13日]])は、[[ルネサンス]]期の[[イタリア]]の[[フィレンツェ]]生まれの[[彫刻家]]で、本名は'''ドナート・ディ・ニッコロ・ディ・ベット・バルディ''' (Donato di Niccolò di Betto Bardi) 。'''ドナテルロ'''と表する場合もある。写実的な表現を追求した。代表作『ガッタメラータ将軍騎馬像』は後世の[[ミケランジェロ・ブオナローティ|ミケランジェロ]]、[[レオナルド・ダ・ヴィンチ]]などに多大な影響を与えた。
ジョルジョ・ヴァザーリの記述によると、仲間からドナテッロと呼ばれ、自分の作品のいくつかにこの通称を署名したドナートは、1386年フィレンツェに生まれた。彼はデザインの技法に打こみ、きわめて稀有な彫刻家、優秀な彫像作家となったのみならず石膏細工の技巧に優れ、透視図法に精通し、そして建築においても高く評価された。また彼の作品は優美でデッサンに優れ、際だった美質をそなえているため、ほかのいかなる人々の作品にまして古代ギリシャ人やローマ人の作品に類似していると考えられた。かれが、薄肉浮彫に創意を見せた人々のなかで一流に位置づけられるのはこのためである。かれは深い洞察、大いなる才能および練達の技巧をもってこれらの作品の創作にあたっているため、かれが自分の作品に対し透徹した理解をもち、非凡な美しさを示すべく制作していることはただちに諒解される。したがってこの分野においてはいかなる工匠も彼を凌駕しえなかったし、現在にあってなおかれに比肩しうる者はいないのである。と、このフィオレンティーナを唯一無二と、評している。
 
ドナテロはこれからくる未来を知りえただろうか?写実というのは目で見たものをとらえる事である。つまり題材は現実的なものであってほかならない。そう、創造の産物ではない。そういう[[芸術家]]が後世に影響を与ええたのか?例えば[[盛期ルネサンス]]においてレオナルドは別(科学的な功績を配慮して)として、彫刻では[[ミケランジェロ]]が頭角を表すのだが、[[ミケランジェロ]]がドナテロの影響を受けたとはきかない。しかし、その辺りを差し引いても初期ルネサンスの巨匠の一人である。
== 作品 ==
* 聖[[ヨハネ]](1408年 - 1415年)[[大理石]] 215cm [[フィレンツェ]]、[[サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂]]付属美術館蔵