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*'''地頭代'''
地頭代(じとうだい、琉球方言でジトゥデー)は、[[間切]]行政の現地最高責任者で、現代の村長に相当する。『[[球陽]]』の尚寧23年(1611年)の項に、「王、諸群ノ按司掟(あじうっち)ヲ裁チテ、始メテ地頭代ヲ建ツ」とあり、薩摩侵攻以後に設けられた役職である。身分は百姓であったが、在職中は名島として親雲上の称号を許され、「……親雲上」と称し、黄冠を戴いた。
 
*'''夫地頭'''
夫地頭(ぶじとう、琉球方言でブージトゥー)は、地頭代の補佐役。非常勤で、任期は一般に3年、定員は間切によって2~8名。
 
*'''捌理'''
首里大屋子(シュイウフヤク)、大掟(ウフウッチ)、南風(フェーウッチ)、西掟(ニシウッチ)の4人を捌理(さばくり、方言でサバクイ)と呼んだ。捌吏、捌庫理の文字を当てる場合もある。捌(さばく)は裁く、処理するの意味の方言で、事務を処理するという意味と推測される。地頭代、もしくは夫地頭の下に位置し、輔佐したする地方役人のエリート
 
== 関連項目 ==