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=== レイズ時代 ===
;{{by|2012年}}
: 年が明けてからも正式オファーを出す球団は現れず、プロ入り後初めて未所属のまま開幕を迎えたが、[[4月30日]]に[[タンパベイ・レイズ]]とマイナー契約を結んだことが発表された<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/30/kiji/K20120430003158150.html 松井 レイズとマイナー契約!1日に入団会見へ]スポニチ、2012年4月30日。</ref>。5月1日にはマイナー契約としては異例の入団記者会見を行った<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/05/01/kiji/K20120501003157170.html松井レイズ入り発表 マイナー契約異例の本拠入団会見も]スポニチ、2012年5月1日。</ref><ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20120502-943744.html 松井「チームの力に」/会見一問一答]日刊スポーツ、2012年5月2日。</ref>。AAA級[[ダーラム・ブルズ|ダーラム]]では13試合では打率.170、0本塁打と調子が上がらなかったが、主力選手に故障者が相次いだチーム事情もあり、29日にメジャー昇格。背番号については、55は主力投手の[[マット・ムーア (野球)|マット・ムーア]]が付けていたため、'''35'''を付けることになり、プロ入り後初めて背番号が変わることになった。昇格直後は、昇格当日のホワイトソックス戦で[[フィリップ・ハンバー]]から1号2点本塁打、さらに6月1日のオリオールズ戦で[[陳偉殷|チェン・ウェイン]]から2号2点本塁打を放ったものの、本調子には程遠く、本塁打はその2本のみ、安打も7月1日のタイガース戦での2安打を最後に出なくなった。それでも監督の[[ジョー・マドン]]は復調を信じ、また[[エバン・ロンゴリア]]ら主力が依然故障という事もあり、スタメンで起用され続けたが、攻守ともに精彩を欠き続け、凡退の度に本拠地[[トロピカーナ・フィールド]]のファンから大きなブーイングが起こるようになり<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20120722-987393.html 松井凡退で大ブーイング] 日刊スポーツ 2012年7月22日</ref>、地元紙も「穴を掘ってマツイを埋めたい」と批判した<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/07/25/kiji/K20120725003754700.html 米地元紙 松井を痛烈批判「穴掘って埋めたい」]</ref>。結局出場34試合で打率.147、2本塁打、7打点という成績で、7月25日に戦力外通告を受けた<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20120726-989274.html 松井に戦力外通告 勝負強さ発揮できず] 日刊スポーツ 2012年7月26日</ref>。
 
== 野球選手としての特徴 ==