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{{Otheruses|機械のジュークボックス|音楽グループのジューク・ボックス|ジューク・ボックス}}
[[ファイル:Dscn2823-Wurlitzer-3500-Zodiac-On.jpg|right|thumb|150px|ジュークボックス(Wurlitzer社 3500 Zodiac)]]
[[ファイル:Dscn2824-Wurlitzer-3500-Zodiac-On-Open.jpg|right|thumb|150px|上のジュークボックスを開いたところ]]
[[ファイル:Dscn2825-Wurlitzer-3500-Zodiac-internal-playing.jpg|right|thumb|150px|その中身]]
'''ジュークボックス'''(juke box)(juke box) とは[[自動販売機]](自動サービス機)の一種で、内部に多数(数百から2000枚程度)の[[レコード]]を内蔵し[[硬貨]]を投入することで任意の音楽を演奏させ楽しむものである。
 
== 歴史 ==
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その後[[電気録音]]と[[アンプ]]が考案され、硬貨投入式の蓄音機が復活する。
 
1927年、Automated Musical Instrument Company(後のAMI)が、レコードを選択できるジュークボックスを発売して成功を収めた。1928年、自動ピアノを製造していた Justus P. Seepburg が、[[レコードプレーヤー]]とスピーカーを組み合わせ、硬貨を投入することで8枚のレコードから選んで演奏させることができるジュークボックスを開発した<ref>Carlisle, Rodney (2004). ''Scientific American Inventions and Discoveries'', p.357. John Wiley & Songs, Inc., New Jersey. ISBN 0471244104.</ref>。当初[[シェラック]]製の[[SPレコード|SP盤]]のレコードが主流だったが、1950年に45回転の[[レコード#シングル盤|EPシングル盤]]が登場すると、そちらに移行した。
 
"juke box" という用語は、1940年ごろから[[アメリカ合衆国]]で使われはじめた。もともと、(西部劇によく出てくるような)飲食やギャンブルを楽しむ店を "juke joint" と呼んでおり、それが語源となっている。"juke" は[[ガラ語]]で「無法、騒々しい、悪い」の意。
 
ジュークボックスの中でも、ウォールボックス型が最も高収益だった。客が席にある装置で曲を選ぶと、壁に設置されたジュークボックスが遠隔制御で演奏を開始する方式である。例えば1949年に登場した Seeburg 3W1 は100曲を内蔵できる Model M100A ジュークボックスを使っていた。1960年代には[[ステレオ]]が主流となり、この時代のウォールボックスでは客の席にある装置にもスピーカーを内蔵し、サンプルが聞けるようになった。なお、このころEPシングル盤はほとんど製造されず、代わりにジュークボックス専用に "little LP" と呼ばれるレコードが製造されていた。これは、EPシングル盤と同じ大きさだが33回転であり、当時のジュークボックスの機構で使えるようになっていた。
 
このころのジュークボックスには、派手な照明や[[ディスコ (音楽)|ディスコ]]および[[サイケデリック]]の効果など装飾的改善を施したものもあるが、内部の機構に大きな進歩はない。各レコードが演奏された回数を表示するカウンタ機能が装備され、人気のあるレコードを残して、人気のないレコードだけを入れ替えることができるようになった。
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== 外観 ==
[[ファイル:Midcentury 24-disc Wurlitzer jukebox 02.jpg|left|thumb|150px|1941年の24枚のレコードを内蔵できるジュークボックス(Wurlitzer (Wurlitzer model 750)750)]]
1930年代初めまでのジュークボックスは木製の筐体に硬貨投入口とボタンがいくつかあるだけだったが、その後徐々に装飾や照明が派手になっていった。1941年の Wurlitzer 850 Peacock はプラスチックを使い、カラフルな照明で色が変化する美しいものだった。しかし、アメリカが戦争に突入すると、金属やプラスチックは軍事用に必要とされ、1946年までジュークボックスは製造されなくなった。1942年の Wurlitzer 950 は金属を節約するため、硬貨投入口が木製になっている。[[第二次世界大戦]]が終わると、ジュークボックスのデザインにもその時代の浮かれた雰囲気が反映された。AMIが戦後初めて製造した Model A では、乳白色のプラスチックとカラフルなガラス玉を外装に使い、"Mother of Plastic" と呼ばれた。
 
[[ファイル:Wurlitzer 1015.jpg|right|thumb|130px|ハバナのホテルにある Wurlitzer 1015 の再生産品]]
 
Wurlitzer 1015 Bubbler は最も一般的なデザインのジュークボックスである。このようなジュークボックスは1950年代にもよく見られ、1940年代のデザインであるにも関わらず、1950年代のポップカルチャーと結びつけて語られることが多い。これを設計したポール・フラーは、戦時中に工場が軍需用に徴用されたとき仕事がなくなり、暇になったのでデザインばかりしていた。それがポップカルチャーを象徴するデザインを生み出すことになった。
 
その後、ジュークボックスのデザインは「ハイテク」を感じさせるものになっていき、それまでのクラシックなものとは全く違うものとなっていった。また、内蔵できるレコード枚数が増えていったため、その曲名と選曲ボタンを並べるだけでかなりの表面積を要し、装飾に使える部分が減っていった。枚数が増えたのは技術的進歩という面もあるが、SP盤からEPシングル盤になってレコードそのものが小さくなったためでもある。
 
1940年代のジュークボックスは黄色のプラスチックが多用されていたことから Golden Age と呼ばれ、1950年代のジュークボックスはクロム風の外観が多かったため Silver Age と呼ばれた。
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* [http://www.jukeboxshopjapan.com/index.html ジュークボックス]
* [http://www.jitterbuzz.com/jukebox_overall.html ALL ABOUT JUKEBOXES] ジュークボックスの仕組み、外観、メーカーに関するサイト
;* ジュークボックス製造業者
** [http://www.classicjukeboxes.co.uk Sound Leisure Limited]
** [http://www.roweinternational.com ROWE International]
** [http://www.gibson.com/products/wurlitzer/ Wurlitzer Jukebox]
** [http://www.rock-ola.com/ Rock-Ola Jukebox]
** [http://www.bal-ami.com BAL-AMI Jukeboxes]
 
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