「ゲオルギオス・パパドプロス」の版間の差分

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[[1968年]][[8月13日]]には元軍人で抵抗運動の指導者の一人だった[[アレクサンドロス・パナグリス]]がパパドプロスを暗殺しようとするが、未遂に終わる。これを期に[[秘密警察]]による国民の監視と[[検閲]]などによる言論統制を強化、政権に反対する政治家や共産主義者と思われる者たちを逮捕して国外追放あるいは[[マクロニソス島]]へ収監した。パパドプロスはこれらの圧政を[[共産主義]]の巻き返しに対抗する為だと述べて正当化したが、[[アムネスティ・インターナショナル|アムネスティ]]は軍事政権下で多くの人々が受けた拷問の詳細を報告している。
 
[[1972年]][[3月21日]]には[[摂政]]を兼任すると共に、[[共和制]]への移行を宣言。[[1973年]][[6月1日]]には[[大統領制]]に移行して自ら[[大統領]]に就任し、文民の[[{{仮リンク|スピロス・マルケジニス]]|en|Spyros Markezinis}}を首相に指名して(名目的ながら)[[民政]]移管を実現した。
 
==独裁の崩壊と失脚==