「乱闘」の版間の差分

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[[野球]]においては、[[投手]]が投げた[[死球]]もしくは危険球に対して[[打者]]が痛みや危険を感じた結果として、打者が投手に向かって激情を伴った示威行動に出ることがある。この際、打者のチームメイトは加勢、投手のチームメイトは防御を主な目的として行動に加わり、結果的に乱闘状態になる。同様に、[[クロスプレイ]]から乱闘が発生することがある。また[[審判員 (野球)|審判]]の判定に対する不服など、その他の理由から乱闘が生じるケースもある。
 
ただし、乱闘に参加する選手はバットやボールなどの「凶器」は使ってはいけないことが暗黙のルールである。また、非常に激昂した当事者を除き、殴る蹴るなどの暴力行為を行うことは稀である。これは乱闘自体に「こんな危険なプレーをされて、俺は怒っているんだぞ!」という示威的な意味合いが強く、相手の(長期離脱を伴う)負傷までは望んでいないためと思われる。例外としては[[榎本喜八]]が乱闘中に相手チームの選手にバットで殴られて負傷した事件(後述)、[[清原和博]]が[[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ]]時代の[[1989年]][[9月23日]]の試合で、死球に激怒して[[平沼定晴]]投手(当時[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテオリオンズ]])にバットを投げつけた事件がある。
 
なお、[[メジャーリーグベースボール|メジャーリーグ]]や[[日本プロ野球]]においては乱闘への参加はチームメイトとして当然の行動であるという[[不文律]]([[野球の不文律]])が存在すると言われていて、不参加者には罰金などの懲罰が科せられるとも言われている。[[プロ野球監督]]の[[星野仙一]]は「乱闘を止める役割でもいいから出て来いと指示していた」と語っている。また、星野が[[中日ドラゴンズ]]で監督を務めた当時に在籍した[[岩本好広]]のように、乱闘要員としてベンチ入りしているとまで噂された選手も存在した。さらに、[[ファン]]にもこの種の乱闘を興行の一要素として許容する層があり、乱闘の最中に観客や応援団が声援を送ったり、楽器を演奏することもある。
プロ野球では乱闘がきっかけとなり選手が大怪我を負った例もある。
 
* [[1968年]][[7月21日]]の[[千葉ロッテマリーンズ|東京オリオンズ]]対[[大阪近鉄バファローズ|近鉄バファローズ]]戦では、東京の[[榎本喜八]]と近鉄の[[安井智規]]の一塁ベース付近での口論をきっかけに乱闘が起き、榎本は乱闘の最中に近鉄の[[荒川俊三]]にバットで右肩を殴られて負傷退場。荒川は書類送検となった。また、近鉄の[[阿南準郎]]もスタンドから投げ込まれたウイスキーの角瓶を額に受けて倒れ、そのまま退場した。
* 1968年[[9月18日]]の[[阪神タイガース]]対[[読売ジャイアンツ]]戦では、阪神の[[ジーン・バッキー]]投手が投じた[[危険球]]を発端とした乱闘が起こり、巨人の[[荒川博]]コーチを殴ろうとしたバッキーは右拳を骨折。この怪我がもとでバッキーは投手生命を断たれ、翌年限りで日本を去った。
* [[1994年]][[5月11日]]の[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]対読売ジャイアンツ戦では、ヤクルトの[[西村龍次]]投手が投げた巨人の[[ダン・グラッデン]]への内角球がきっかけで乱闘が発生。グラッデンとヤクルト捕手の[[中西親志]]の殴り合いで、中西は顔面を骨折した上に巨人の選手たちに背中を数十回蹴られて大怪我を負い、以降はその後遺症もあって試合出場の機会に恵まれず、この日が現役最後の出場となった。また、グラッデンも右の親指と左の小指を骨折。以降は精彩を欠き、同年限りで退団した。
 
;審判への一方的暴力行為であるため乱闘とは言えないが、審判が絡んだ件として以下の事件が有名である。
 
* [[1980年]][[7月5日]]の[[福岡ソフトバンクホークス|南海ホークス]]対[[オリックス・バファローズ|阪急ブレーブス]]戦では南海の[[広瀬叔功]]監督が[[寺本勇]]球審への暴力で退場処分となり、その際寺本の首をつかまえて、広瀬と共にもみ合った[[片平晋作]]も退場処分となった。片平の退場が守備に就いた後で宣告されたため、これに怒った[[新山彰忠]]コーチも寺本に暴行をふるって退場となった。1試合で同一チームから3人の退場者が出たのはNPB史上初。
 
* [[1982年]][[8月31日]]の[[横浜DeNAベイスターズ|横浜大洋ホエールズ]]対阪神タイガース戦では、[[岡田功]]審判に暴行を加えた[[柴田猛]]、[[島野育夫]]両[[コーチ]]が同様に無期限出場停止処分(柴田と島野は処分解除後各球団のコーチを歴任している)となった上に、スポーツの試合中の出来事としては異例と言える刑事事件([[略式手続]])へ発展した([[横浜スタジアム審判集団暴行事件]])。
* [[2000年]][[5月6日]]の中日ドラゴンズ対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]戦([[ナゴヤドーム]])では、[[立浪和義]]が[[橘高淳]]球審の判定に不服を唱えて橘高の胸を突いて退場となった後、星野仙一監督がベンチから飛び出てきて橘高の胸倉をつかんで退場になり、その際中日選手もベンチから飛び出して押し問答となり、無関係の[[大西崇之]]がどさくさ紛れに後ろから橘高の脇腹を殴って肋骨を骨折させた。1試合で3人が退場になったのはNPBでは2度目でセ・リーグでは初めて。後日、立浪・星野・大西は一般人からの刑事告発によって書類送検された(3人とも起訴猶予)。
 
メジャーリーグでは審判に対する敬意が払われているため、選手に直接抗議され、殺気立つ監督・コーチに取り囲まれるような事態はまずあり得ず、まして故意の暴力行為は論外であり、しばしばその違いが物議を醸す。[[1997年]][[6月5日]]の中日対横浜戦で、メジャーリーグ傘下から派遣されていた[[マイケル・ディミューロ]]審判の判定に対し、大豊泰昭が抗議した際に胸元を突いたりベンチから星野仙一らが飛び出してディミューロを取り囲んだが、その行為に対し、ディミューロは「自分のアンパイアとしてのキャリアの中で経験したことのない恐怖感を覚えた」とコメント、翌日セ・リーグ事務局に辞表を提出した。当初事務局は慰留に努めていたが、この一件がアメリカで大きく報じられ、メジャーリーグ機構も日本に審判員を派遣させるメリットがないと判断、セ・リーグ事務局にディミューロを帰国させるよう要望し、セ・リーグは辞表を受理した。また、上記の大西崇之の暴行(出場停止10日・罰金20万円<ref>これとは別に中日球団からは減俸100万円と厳重戒告の処分が科された。</ref>)に関して同時期、巨人の[[ダレル・メイ]]が阪神の[[和田豊]]に危険な球を投げて(退場にはならなかったが)後日、「出場停止10日・罰金50万円」を受けた際、メイは大西への制裁を引き合いに出し、なぜ審判の肋骨を骨折させたのよりも処分が重いんだと不満を述べた。
 
=== フットボール系競技 ===
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