「円周率の歴史」の版間の差分

1. 時代名: ノート:円周率の歴史#.E6.99.82.E4.BB.A3.E5.90.8D; 2. リンク切れ修正; 3. その他、細かい編集少々
(1. 時代名: ノート:円周率の歴史#.E6.99.82.E4.BB.A3.E5.90.8D; 2. リンク切れ修正; 3. その他、細かい編集少々)
 
==年表==
===無限級数の発見前===
===正多角形による評価の時代===
;紀元前2000年ごろ
:'''[値]'''(2) [[1936年]]に[[スーサ]]で発見された[[粘土板]]などから、[[古代バビロニア]]では、[[六角形|正六角形]]の周と円周を比べ、円周率の近似値として 3, 3+{{分数|1|7}} ≒ 3.142857 , 3+{{分数|1|8}} = 3.125 などが使われたと考えられている<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], pp.35-37, p.338.</ref>。
:'''[値]''' イタリアの[[レオナルド・フィボナッチ|フィボナッチ]]([[ピサのレオナルド]])が円周率を{{分数|864|275}}と計算した。これは、約 3.1418 である<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], pp.143-145, p.338.</ref>。
 
===幾何から解析へ===
===計算式の改良の時代===
「円に内接・外接する多角形を考えるに基づく近似」から「無限級数を利用した近似」への移行は、インドでは1400–15001400年ごろから1500年代に起き、ヨーロッパでは1600年代、日本では1700年代に起きた。
 
====14世紀====
;[[1544年]]
:アルキメデスの著作の原文が、初めてまとめて出版された。出版地は[[バーゼル]]で、ラテン語訳付きだった<ref>
{{cite book | title={{lang|el|ΑρχιμήδουςἈρχιμήδους του Συρακουσίου, τα μέχρι νῦν σωζόμενα, ἃπαντα.}} {{lang|la|Archimedis Syracusani philosophi ac geometrae excellentissimi opera}} | year=1544 | language=ギリシャ語・ラテン語 | url=http://archive.org/details/archimedestamech00arch }} 『[[シラクサ|シュラークーサイ]]のアルキメーデースの現存する全著作: 卓越した哲人幾何学者の卓越した作品集』
</ref>。これによりヨーロッパでは彼の業績が広く知られるようになり、円周率の研究もこれを出発点として本格的に再開された。この時点での西洋の円周率研究は紀元前のアルキメデスの時代からあまり進歩していなかったが、これ以降は急速に発展する。
;[[1579年]]
:'''[値]''' オランダの[[アドリアン・アンソニスゾーン]]が {{分数|333|106}} < {{π}} < {{分数|377|120}} と評価し、両端の平均に近い値として {{分数|355|113}} を得た。これは、約 3.14159 292 である<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], p.173.</ref>。
;[[1593年]]
:'''[値]'''(16) [[フランドル]]の[[アドリアーン・ファン・ローメン]]({{lang|nl|Adriaan van Roomen}}, ラテン語名: ローマヌス)が、『数学的観念序説: 多角形法』の中で 3.14159 26535 89793 05 < {{π}} < 3.14159 26535 89793 15 に当たる評価を与え、{{π}} ≈ 3.14159 26535 89793 1 とした<ref>
{{cite book | first={{lang|la|Adrianus}} | last={{lang|la|Romanus}} | title={{lang|la|Ideae Mathematicae Pars Prima, sive Methodus Polygonorum}} | year=1593 | language=ラテン語 | url=http://hdl.handle.net/2027/ucm.5320258006 }}
</ref>。これは小数点以下15桁目まで正しい。アル・カーシーの世界記録16桁(1424)にはわずかに及ばなかったが、この時点でヨーロッパ最良の近似値であり、ビエトの結果(1579)の改良となっている。ただし、円周率の真の値は上記の区間に含まれておらず、厳密な評価ではない。計算は正251,658,240(=15×2<sup>24</sup>)角形を用いるものだった<ref>
[[画像:Monument voor PI .jpg|alt=ルドルフの墓の写真|thumb|right|200px|オランダの[[ライデン]]にあるファン・コーレンの墓(復元後)。彼が得た35桁の上界・下界(末尾桁1違い)が刻まれている。]]
;[[1610年]]ごろ
:'''[値]'''(35) ファン・コーレンは、1610年に亡くなるまでのいずれかの時点で、正2<sup>62</sup>(=約461京1686兆)角形を使って {{π}} の35桁目までを正しく評価した。この結果は、1621年、弟子の[[ヴィレブロルト・スネル|スネリウス]]の著書『キュクロメトリクス: 円の計測について』<ref>{{cite book| author={{lang|la|Snellius, Willebrordus}} ({{lang|nl|Snel, Willebrord}}) | title={{lang|la|Cyclometricus, De Circulicirculi Dimensionedimensione}} | year=1621 | language=ラテン語}}</ref>で公表されたほか、本人の墓(生前の1602年に購入した記録がある)に刻まれた。墓石は後代に滅失したが、碑文とスケッチは残っており、2000年に復元された<ref name="MacTutor-Ludolph"/>。かつてドイツでは、彼の名にちなんで円周率をルドルフ数 ({{lang|de|[[:de:Ludolph_van_Ceulen#Ludolphsche_Zahl|Ludolphsche Zahl]]}}) と呼んだ<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], p.174, p.339.</ref>。
;[[1621年]]
:'''[法][値]''' オランダの[[ヴィレブロルト・スネル|ウィレブロルト・スネル]](ラテン語名: スネリウス)が、円周の長さの評価式を与える。
;[[1794年]]
:'''[学]''' [[アドリアン=マリ・ルジャンドル|ルジャンドル]]によって {{π}} は[[有理数]]の[[平方根]]にならないことが証明される<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], p.282, p.339.</ref>。
;1850年ごろ–[[1873年]]
:'''[値]'''(527) イギリスの[[ウィリアム・ラザフォード]]とその弟子の[[ウィリアム・シャンクス]]がマチンの公式を用いて桁数の記録を塗り替えた。1852年にラザフォードが小数第 441 位、シャンクスが小数第 530 位まで計算し、小数第 441 位までは両者の計算が一致していることでその計算の正しさを確認できた。しかし、arctan({{分数|1|5}}) が小数第 530 位までしか正しくなく、シャンクスの計算で正しかったのは、小数第 527 位までであった。その後、シャンクスは1872年に小数第 707 位まで達したが、この誤りが最後までつきまとった<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], pp.176-177, p.339.</ref>。
 
====19世紀====
;1850年ごろ–[[1873年]]
:'''[値]'''(527) イギリスの[[ウィリアム・ラザフォード]]とその弟子の[[ウィリアム・シャンクス]]がマチンの公式を用いて桁数の記録を塗り替えた。1852年にラザフォードが小数第 441 位、シャンクスが小数第 530 位まで計算し、小数第 441 位までは両者の計算が一致していることでその計算の正しさを確認できた。しかし、arctan({{分数|1|5}}) が小数第 530 位までしか正しくなく、シャンクスの計算で正しかったのは、小数第 527 位までであった。その後、シャンクスは1872年に小数第 707 位まで達したが、この誤りが最後までつきまとった<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], pp.176-177, p.339.</ref>。
;[[1882年]]
:'''[学]''' [[フェルディナント・フォン・リンデマン|リンデマン]]によって {{π}} が[[代数的数]]でないことが証明される。これにより {{π}} の[[超越数|超越性]]が証明され、[[円積問題]]も否定的に解決された<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], p.280, p.340.</ref>。
: と[[分割有理数化法]]により 1兆2411億桁まで計算した。検証計算などを含めて約600時間かけた。
;[[2009年]]8月
:'''[値]'''(2.57兆) [[筑波大学計算科学研究センター]]の高橋大介が、円周率を2兆5769億8037万桁まで計算する世界記録を樹立したと発表した。「[[T2Kオープンスパコン|T2K筑波システム]]」(毎秒95兆回)を使った。い、検証計算を含めて73時間36分かけを要した<ref>{{cite newsweb|title author=筑波高橋介| date=2009-08-17| title=円周率を22兆5769億8037万ケタまで計算 世界記録樹立の結果について|newspaper=[[NIKKEI NET]]url=http://www.hpcs.is.tsukuba.ac.jp/~daisuke/pi-j.html|publisher accessdate=[[日本経済新聞]]2012-09-27}}</ref><ref>{{cite web|date=2009-08-17| title=円周率の計算けた数で世界記録を樹立| url=http://www.nikkeitsukuba.coac.jp/newstopics/shakai/20090817AT1G1702T1708200920090819133359.html| publisher=[[筑波大学]]| accessdate=2012-08-09}} {{リンク切れ|date=2012年8月-27}}</ref>。
;2009年12月
:'''[値]'''(2.69兆) [[フランス]]の[[ファブリス・ベラール]]([[w:Fabrice Bellard]]、[[QEMU]]や[[FFmpeg]]などが知られる)が、[[Intel Core i7]]を搭載したデスクトップPCでチュドノフスキーの級数を用いて2兆6999億9999万桁まで計算し、世界記録を樹立した。バイナリーでの計算に103日、検算に13日。データ量1137GB<ref>[2010年1月12日読売夕刊12面]</ref>。2.93GHzのクアッドコアプロセッサ、6GBのメモリ、7.5TBのストレージを搭載したデスクトップPCを使用し、検証計算を含めて131日を要した<ref>{{cite web| first={{lang|fr|Fabrice}}| last={{lang|fr|Bellard}}| date=2009-12-31| title={{lang|en|Pi Computation Record}}| url=http://bellard.org/pi/pi2700e9/announce.html| language=英語| accessdate=2012-09-27}}</ref>。
;[[2010年]]
:'''[値]'''(5兆) [[長野県]][[飯田市]]の会社員近藤茂と米国のアレクサンダー・J・イーが、3カ月かけてパソコンで小数点以下5兆桁まで計算した<ref>{{cite news|title=円周率5兆けた、PCで計算 長野の会社員、3カ月かけ|author=松井潤|newspaper=[[朝日新聞]]|publisher=[[朝日新聞社]]|date=2010-8-05|url=http://www.asahi.com/science/update/0804/TKY201008040488.html|accessdate=2012-08-09|archiveurl=http://web.archive.org/web/20100806040532/http://www.asahi.com/science/update/0804/TKY201008040488.html|archivedate=2010-08-06}}</ref><ref>{{cite news |title=円周率5兆桁でギネス認定 近藤さん、10兆にも挑戦中|newspaper=共同通信|date=2011-01-19|url=http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011901000745.html|accessdate=2011-02-27}}</ref><ref>{{cite news |title=円周率5兆けた計算、ギネスも認めた 長野の会社員|newspaper=朝日新聞|date=2011-02-13|url=http://www.asahi.com/national/update/0212/TKY201102120239.html|accessdate=2011-02-27|ref=朝日20110213}}</ref>。
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