「近鉄10000系電車」の版間の差分

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[[1966年]](昭和41年)[[11月12日]]に大阪線[[河内国分駅]]で発生した[[日本の鉄道事故 (1950年から1999年)#近鉄河内国分駅列車追突事故|列車追突事故]]の際に、先行する上本町発[[名張駅|名張]]行き[[近鉄大阪線#準急|準急]]([[近鉄1480系電車|1480系]])へ本系列による上本町発宇治山田行き特急が衝突、これに伴い宇治山田寄り先頭車であったモ10007の前頭部が大破した<ref>この事故で乗務していた10000系側の[[運転士]]は死亡した。</ref>。
 
事故後、その特殊性ゆえにこの時期すでに持て余し気味であったことや、後継車である10100系を含め非貫通の[[流線形車両|流線型]]運転台は[[増解結|増結]]時の取り扱いについて非常に不便であったことなどから、本系列の復旧は遅れ、特に破損の大きかったモ10007は翌[[1967年]](昭和42年)6月になって、鉄道趣味者から「[[カイコ|蚕]]」や「[[ブルドッグ]]」とあだ名された特徴的な流線型前頭部を撤去し、当時新造中の[[近鉄18200系電車|18200系]]に準じた仕様の特急標識や[[連結器#密着連結器|密着式連結器]]を備える、[[貫通扉]]付き前頭部を新造搭載のうえで復旧された。この際、同車のみ4枚折戸を他系列と共通の2枚折戸に変更されている。
 
また、[[列車便所#垂れ流しによる黄害|黄害]]対策として近鉄が保有するすべての[[列車便所|トイレ]]付き車両について、垂れ流し式からタンク式へ改造する工事を実施した際には、モ10001・07の車端部に設けられていたトイレはそのままタンク式とされたが、サ10004の車体中央部にあったトイレは床下スペースに余裕がなく、タンク式への改造が不可能であったため閉鎖され、代わりに使用頻度が極端に低下していたク10003の運転台を廃止・撤去し、そこに新たなタンク式トイレを設置するという工事が[[1970年]](昭和45年)に施工された。