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1980年、自由民主党から[[参議院議員]]選挙に出馬し当選。3期務めた。この間、参議院[[内閣委員会|内閣委員長]]、同対外経済協力に関する小委員長、沖縄開発[[政務次官]]などを歴任した。自由民主党の保守派議連である「明るい日本」国会議員連盟事務局長。また、[[日本遺族会]]顧問としても手腕を発揮し、首相の[[靖國神社]]公式参拝を強く要請した。
 
政界引退後は[[保守]]派論客として活動しており、[[米下院121号決議]]に対しても反対の意を表している。2007年7月13日にアメリカ大使館に手渡された抗議書にも賛同者として名を連ねている<ref>{{PDF|[http://www.ch-sakura.jp/files/top/ianfu-sando.pdf 抗議書への賛同者一覧]}} [[日本文化チャンネル桜]]</ref>。映画『[[南京の真実]]』の賛同者。[[田中正明]]の親友として知られており、田中の死去(2006年)に際して葬儀委員長を務めた<ref name="47news20060110">{{Cite news | url = http://www.47news.jp/CN/200601/CN2006011001003280.html | title = 田中正明氏死去 近現代史評論家 | agency = [[共同通信社]] | publisher = [[47NEWS]] | date = 2006-01-10 | accessdate = 2012-11-22 }}</ref>ほか、田中の後任として「[[興亜観音]]を守る会」の第二代会長を務めた。
 
== 主な著作 ==