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'''忠'''(ちゅう)とは、[[儒教]]における重要な[[徳]]目の一つであり、正直で裏表のないことを表す、君臣間において重要とされる徳目である。また主君に尽くすというまごころを忠義という。
 
親によく従うことを示す「[[孝]]」と常に食い違いを来すことになるが、[[中国]]や[[朝鮮]]では多くの場合、「忠」よりも「孝」が大事だと考えられた。ただし、近世[[日本]]においては[[朱子学]]伝来以後、逆に「孝」よりも「忠」が大事だと考えられ、[[武士道]]に影響を与える事になる。また、[[水戸学]]派の解釈では、「忠と孝は一つのもの(忠孝一合)」として、分離した解釈は行っていない<!-- 参考・加地伸行 『儒教とは何か』 [[中公新書]] 11版1995年 p.249 -->。日本人(特に支配層の武家)は家(血族ではなく組織としてのイエ)の意識が中国人より高く<!-- 同『儒教とは何か』 p.250 -->、忠が孝につながるとした(君に忠を尽くさず、家を断絶されることは、孝につながらないとした意識)。これに対し、[[懐徳堂|懐徳学]]派の[[武内義雄]]は否定し、「誠」が忠にも孝にも現れたと解釈する<!-- 同『儒教とは何か』 p.249 -->。
 
『[[日本外史]]』に記述された[[平重盛]]の「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」の言葉が武家の苦悩をよく示している。
 
[[文化大革命]]中の中国では、他の儒教的徳目が徹底的に排撃されたのに対し、「忠」は[[毛沢東]]への忠誠と解され、むしろ称揚された。「[[:zh:忠字舞|忠字舞]]」(忠の字踊り)が当時盛んに行われたことが有名。