「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」の版間の差分

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10月19日、[[モスクワ]]において鳩山首相とソ連の[[ニコライ・ブルガーニン|ブルガーニン]]首相が共同宣言に署名し、[[12月12日]]に発効した。
===河野外交におけるペーパーナイフを巡るエピソード===
[[河野一郎|河野]]の回想<ref>豊田穣『英才の家系 鳩山一郎と鳩山家の人々』 講談社文庫 1996年10月</ref>によると、[[1956年]][[10月18日]]の交渉中、河野は、[[ニキータ・フルシチョフ|フルシチョフ]]の大きく先端が鋭い[[ペーパーナイフ]]を見て、刺されたらたまらないと、警戒していた。いたずら心もあって、[[ウラジーミル・レーニン|レーニン]]の写真入りのそのペーパーナイフを取ってしまおうと、フルシチョフにペーパーナイフをくれるよう頼んだ。フルシチョフは気前く河野にペーパーナイフをあげくれた。河野は会談後、[[鳩山一郎|鳩山]]に、「フルシチョフがそれを振り回すからヤバクて仕方が無いから分捕った。北方領土の代わりに総理に進呈しましょう。」と、ペーパーナイフを鳩山にプレゼントした。『鳩山一郎・薫日記』にはそれを「ペーパーナイフをくれた由」と記している<ref>鳩山薫、鳩山一郎『鳩山一郎・薫日記 下巻 鳩山薫篇 』 中央公論新社 2005年3月</ref>。河野がさらに翌日の会談で、昨日のは鳩山にあげたから自分用のが欲しいと頼むと、フルシチョフは戸棚大量にある中から1取り出し、河野にあげくれた。それには河野も参ってしまったという。
 
==宣言の内容==