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=== 建武の新政期の窪所 ===
[[建武の新政]]期において「'''窪所'''(くぼどころ)」が設置されている。宮中警備のための武力機関であったとの説もあるが、史料が少なく活動内容の不明な役所であり、これについて[[笠松宏至]]は、鎌倉幕府からの連続性を否定する[[後醍醐天皇]]が問注所の名称を厭い、[[草書体]]の「問注」を崩して「窪」の1字に圧縮し、新規創設という建前で発足した機関に過ぎず、実質上は問注所を引き継ぐ訴訟受付機関であったとしている<ref>笠松宏至「二条河原落書の世界」(新訂増補週朝日百科 日本の歴史5中世II - 11 『後醍醐と尊氏』所収、朝日新聞社、2002年)。</ref>。[[伊賀兼光]]・[[結城親光]]・[[高師直]]などが任命されている。
 
=== 室町期の問注所 ===