「オランピア (絵画)」の版間の差分

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== 解説 ==
マネはこの作品を[[1865年]]の[[サロン・ド・パリ|サロン]](官展)に出品し、作品自体は入選したが、『草上の昼食』と同様に「現実の裸体の女性」を描いた事が批判された。その理由として、『オランピア』という名が当時の[[娼婦]]の通称であったこと、花束を持った黒人の女性が裸体の女性の召使として描かれていること、当作品でベッドに横たわっている裸体の女性は[[サンダル]]と首に巻いたひもを身につけているが、このような表現は当時主流の[[アカデミック絵画]]において考えられていた神話や歴史上の出来事を描いた絵画に登場する裸体の女性とは異なっており、裸体の女性が当時の娼婦を表している事が明らかであった事が批判の対象となった。
 
[[Image:Tizian 102.jpg|thumb|200px|ティツィアーノ作『ウルビーノのヴィーナス』]]