「ハートの女王」の版間の差分

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[[ジョン・テニエル]]の挿絵によるハートの女王はしばしば[[ヴィクトリア女王]]に似ていると指摘されており、マイケル・ハンチャーはその著書『アリスとテニエル』(1990年<!--原著-->)のなかで、『不思議の国のアリス』と同年に描かれたテニエルによるヴィクトリア女王の絵と比較し、確かな類似を確認している<ref>マイケル・ハンチャー 『アリスとテニエル』 石毛雅章訳、東京図書、1997年、106-108頁。</ref>。ハンチャーによれば、ハートの女王にはまた、テニエルがそれ以前に『[[パンチ (雑誌)|パンチ]]』誌に描いた、『[[ハムレット]]』のパロディ作品の中のガートルード妃にも似ているという。ここからハンチャーは、ハートの女王がアリスに与えている脅威が母性的、かつ性的なものであることが裏付けられると述べている<ref>ハンチャー、前掲書、111-112頁。</ref>。
 
さらにハンチャーは、テニエルの挿絵の中のハートの王たちが、トランプの標準的なハートの絵札に準じた服装をしているのに対し、ハートの女王だけはむしろそのライバルであるスペードの女王ののような服装をしていることを指摘している。スペードの女王は伝統的に死や復讐と結び付けられてきたカードである<ref>ハンチャー、前掲書、112-116頁。</ref>。『不思議の国のアリス』と同年に刊行されたトランプ占いの本には、ハートの女王が「愛情、献身、そして分別の規範となるべき人物」とされているのに対し、スペードの女王は「腹を立てさせたらただではすまない、無礼は決して忘れない、意地の悪い人物」と書かれている<ref>ハンチャー、前掲書、276頁(注9)。</ref>。
 
ルイス・キャロル自身は、後年の記事「舞台のアリス」(1886年)の中で、「始末におえない激情―盲目的な、手に負えない怒りの化身と言おうか、そういうものとしてハートの女王を作り出した」と述べている。『アリス』の注釈者マーティン・ガードナーはこれに関連して、子供の読み物の中の強暴さを批判する児童文学評論家たちの意見に疑問を呈している<ref>マーティン・ガードナー注釈 ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』 石川澄子訳、東京図書、1980年、119頁。</ref>。