「キルデベルト1世」の版間の差分

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キルデベルトと弟クロタールは532年に2度目のブルグント遠征を開始し、534年にブルグント王[[ゴドマール2世]]を敗死させ、ブルグントを[[フランク王国]]領に併合した。キルデベルトはブルグントの一部と[[プロヴァンス王国|プロヴァンス]]を獲得し、その領土は一気に拡大した。
 
キルデベルトは533年頃に異母兄の[[ランス (マルヌ県)|ランス]]王[[テウデリク1世]]が死ぬと、またも弟クロタールと計らってその遺領を奪おうとしたが、テウデリクの息子[[テウデベルト1世]]の根回しによって失敗した。その後、息子のいないキルデベルトは強力な甥のテウデベルト1世を養子にして後継ぎとして扱ったが、テウデベルトは547年(ないし548年)に死去した。またキルデベルトとテウデベルトは共同でクロタール1世を攻めたが、不首尾に終わった。
 
キルデベルトは[[ゴート族]]出身と思われるウルトゥロゴタ(Ulthrogotha)と結婚し、2人の娘クロドシンダ(Chrodosinda)とクロドベルガ(Chrodoberga)をもうけたが、男子には恵まれなかった。このため相続人がいないまま558年に死去し、弟のクロタール1世が領土を継承した。妻と娘はクロタールによって[[宮廷]]を追われた。