「めくらやなぎと眠る女」の版間の差分

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''「そういう種類の柳があるのよ」と彼女は言った。</br>
''「聞いたことないね」と友だちが言った。</br>
''「私が作ったのよ」と彼女が言った。「めくらやなぎの花粉をつけた小さな蠅が耳からもぐりこんで女を眠らせるの」''|めくらやなぎと眠る女螢・納屋を焼く・その他の短編新潮社 p.143|}}
 
いっしょに見舞にいった友だちがすでに死んだことを思い出しながら、「僕」はいとこの耳のなかにいるのかもしれない「蠅」のことを考える。いまも「''薄桃色の肉の中にもぐりこみ、汁をすすり、脳のなかに卵をうみつけている''」<ref>螢・納屋を焼く・その他の短編新潮社 p.154</ref>のかもしれないからだ。しかし、羽音があまりにも低いため、誰もその存在には気づかない、と「僕」は思う。「僕」が「彼女」のその後を思い出せないまま病院へのバスがやってきたので、「僕」といとこはバス停で扉が開くのを待った。
 
==成立==
「めくらやなぎと眠る女」は『[[文學界]]』で発表されたのち、『[[螢・納屋を焼く・その他の短編]]』([[新潮社]])に収められた。その後「村上春樹全作品」第3巻に収録された。しかし、1995年11月号の『文學界』に再録され、それが1996年の『[[レキシントンの幽霊]]』に収録される際に大幅に短縮された。[[田中励義]]のまとめによれば、「めくらやなぎと眠る女」には、83年の『文學界』での初稿、95年の再録、『レキシントンの幽霊』での再々録という三つの版が存在することになる<ref>田中(1998年) p.149</ref>。なお、『レキシントンの幽霊』に再々録される際には、「めくらやなぎと'''、'''眠る女」へと一部改題されている<ref>レキシントンの幽霊文藝春秋、1996年。</ref>。[[風丸良彦]]はこの改題について、「『めくらやなぎと眠る』女」ではないことを明らかにするとともに、「めくらやなぎ」と「眠る女」のイメージを直接重ねず距離をおくことが目的ではないかとしている<ref>風丸(2007年) pp.109-110</ref>。
 
村上によると、『螢・納屋を焼く・その他の短編』に収録されている「蛍」と対になった作品で、後に長篇小説『[[ノルウェイの森]]』にまとまっていく系統の作品だが、「蛍」とは違って『ノルウェイの森』との間にストーリー上の直接の関連はないという<ref>『レキシントンの幽霊』「めくらやなぎと、眠る女」〈めくらやなぎのためのイントロダクション〉、文藝春秋、1996年</ref>。
 
==分析==
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===めくらやなぎのイメージ===
めくらやなぎの「''葉は緑で、とかげの尻尾がいっぱい寄りあつまったような形をして'' 」いる<ref>螢・納屋を焼く・その他の短編新潮社 p.143</ref>。それを描いた「彼女」によれば、めくらやなぎは「''外見はとても小さいけれど、根はちょっと想像できないくらい深い'' 」し、「''暗闇を養分として'' 」育ち、「''下へ下へと伸びていく'' 」<ref>螢・納屋を焼く・その他の短編新潮社 p.143 - p.144</ref>。田中はその暗闇や下降のイメージを強調し、このエピソードに「彼女」が救いを求める声をみている<ref>田中(1998年) p.152</ref>。
 
===第一の過去と第二の過去===
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===耳のモチーフ===
[[川村湊]]をはじめとして村上春樹の作品における「耳」のモチーフに注目する文学者は多い<ref>[[1973年のピンボール]][[風の歌を聴け]]などにも明らかである</br>川村(2006年) p.196</ref>。川村はそこに意味を見出すことの危うさを語りながら、村上作品における「耳」が、実はすべて「聴くことのできない」耳だとしたうえで、そこに心を閉ざした人間同士のコミュニケーションへの意志をみてとり、「僕」をはじめとした(村上による一人称の)主人公を「語り手」ではなく「聞き手」と位置づける<ref>川村(2006年) pp.215-218</ref><ref>川村(2006年) p.220</ref>。一方で高橋英夫は1984年の段階で村上に「耳」のモチーフが頻出することを指摘し、「''みんな彼の前作で使っている素材なんですね。またやっているなという気がちょっとしなくもないんで''」と語っている<ref>創作合評 p.388</ref>。
 
==脚注==
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==参考文献==
*風丸良彦村上春樹短編再読みすず書房、2007年 ISBN 978-4-622-07290-4
*川村湊村上春樹をどう読むか作品社、2006年 ISBN 4-86182-109-6
*田中励義「めくらやなぎと眠る女:喪失感の治癒に向けて」国文学43巻1998年2月臨時増刊号