「信陵君」の版間の差分
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ある時、安釐王と[[囲碁]]([[双六]]との説もある)を打っていた所、[[趙 (戦国)|趙]]との国境から[[烽火]]が上がり、安釐王は趙の侵攻かと思い慌てたが、信陵君は落ち着いて「趙王が狩をしているだけのことです」と言った。安釐王が確かめさせると果たしてその通りであった。信陵君は食客を通じて趙国内にも情報網を張り巡らしていたので、趙の侵攻ではないと分かっていたのだが、これ以後の安釐王は信陵君の力を恐れて、国政に関わらせようとはしなくなった。
そうしているある日、信陵君は門番をしている侯嬴が賢人と聞き、食客になって貰おうと自ら出向き贈り物をした。しかし侯嬴は「私はもう70にもなり、老体で
侯嬴は「あれは大切にしてくださる、信陵君への恩返しなのです」と答えた。全く訳が解らなかった客が再び問うと、「信陵君をどうでもいい用事で待たせるなど、なんと失礼な爺だと皆は蔑みました。一方、それでも待った信陵君の器量に感動しました。これは噂となって、国中どころか他国にも伝わり、信陵君の名声が大いに高まるでしょう。だから恩返しなのです」と答えた。客らは納得し、宴席も大いに盛り上がった。
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