「小椋佳」の版間の差分

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磯キリン (会話 | 投稿記録)
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The Shogun (会話 | 投稿記録)
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== ラジオ番組 ==
=== 現在 ===
2013年4月現在。
* [[小椋佳~このひと このうた このドラマ|小椋佳のこのひと、このうた、このドラマ]]([[ニッポン放送]])
; 現在
* [[小椋佳の歌とともに]] - コメント出演([[静岡エフエム放送|K-MIXmix]]、金曜20:00-20:30)
 
===; 過去 ===
* 小椋佳 言葉ある風景([[文化放送]])
* 小椋佳 夢中真っ最中([[ニッポン放送]])
* [[ラジオ深夜便]] ミッドナイトトーク([[NHKラジオ第1放送]]・[[ラジオ深夜便]] 奇数月第1木曜日)
* [[小椋佳このひと このうた このドラマ|小椋佳のこのひと、このうた、このドラマ]]([[ニッポン放送]])
 
== その他 ==
* [[日刊スポーツ]]([[静岡県]]を除く[[東海地方]]・[[北陸地方]]・[[近畿地方]]・[[山口県]]を除く[[中四国地方]])土曜日[[番組表|テレビ番組面]]のコラム「小椋桂のあの歌の周辺」([[2010年]][[1月1日]]付<ref>本来掲載するべき[[1月2日]]の土曜日が[[新聞休刊日]]により新聞がなかったため、元日付けに併載の2日のテレビ面に初回を掲載</ref>から[[3月26日]]付け掲載)
*  まだ無名のころ、ライブハウスで初めてステージに立った際、一緒に出演したのが[[井上陽水]]であった。
* 小椋佳の所属レコード会社がキティレコードだったからか、小椋佳の事務所は一時期アニメ「[[うる星やつら (アニメ)|うる星やつら]]」「[[めぞん一刻 (アニメ)|めぞん一刻]]」などの公式ファンクラブ「[[キティアニメーションクラブ]]」(略称KAC)の事務局を兼ねていたことがある。当時の事務所社長は小椋佳の実弟であった。
 
* 一時期、[[東京キッドブラザース]]への提供作品を中心に『[[葉月多夢]]』というペンネームを用いていたことがある。由来は長男のアメリカでの愛称からきている。次男に自分と同じ名前を付けたことから、長男への配慮として長男の愛称をもうひとつのペンネームとしたという。
* 過去に、[[胃がん]]や[[劇症肝炎]]などの大病を患った経験から、「死は突然やってくるものだ」「自分は76歳で死ぬだろう」と漠然とだが、自分の中で確信した気持ちから、「2年後に[[生前葬]]コンサートを行いたい」等、死ぬための準備を行っている。([[ワイドスクランブル]]2012年6月6日放送、[[山本晋也]]のインタビューより)
* 2013年4月1日より、中日新聞夕刊にコラム「この道」を掲載中。
 
== 脚注 ==
2013年4月1日より、中日新聞夕刊にコラム「この道」を掲載中。
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== 外部リンク ==
* [http://www.gfe.co.jp/ogla/index.html 小椋佳倶楽部] - 公式サイト]
* [http://www.musical.ne.jp/index.html @Musical(] - アルゴミュージカル)]
 
==脚注==
<references />
 
{{日本作詩大賞|第8回|1975年}}