「ジョン・ガードン (生物学者)」の版間の差分

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== 経歴 ==
[[イートン・カレッジ]]を卒業。学校で何千匹もの毛虫をガに育てるなどして教師に嫌われ、15歳の通信簿では、担任から「生物学分野への進学を考えているならば、それは全く時間の無駄だ。そんな考えは直ちに全て放棄すること。」と記された<ref name="afp">{{cite news |title=「生物学の道は諦めろ」と言われていた、ノーベル賞のガードン博士 |newspaper=AFPBB News |date=2012-10-09 |url=http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2906647/9653868 |accessdate=2012-10-14}}</ref>。父からは軍人か銀行員になるようにいわれたが、入隊検査に不合格となり、[[オックスフォード大学]]に入学。
 
[[クライスト・チャーチ (オックスフォード大学)|オックスフォード大学クライスト・チャーチカレッジ]]で、当初古典文学を専攻。その後、生物学を専攻し、核移植の研究を行った<ref name="afp"></ref>。研究者としては、1971年から長く[[ケンブリッジ大学]]に籍を置いている。1972年から1983年の間には、[[MRC分子生物学研究所]]の細胞生物学部門にて研究を行っていた。1989年ケンブリッジ大学ウエルカムトラスト/UKがんセンター・細胞生物学研究所(2004年、ガードンの研究上の功績を讃えてガードン研究所と改名された)を設立<ref>{{cite news |titlename=「生物学の道は諦めろ」と言われていた、ノーベル賞のガードン博士 |newspaper=AFPBB News |date=2012-10-09 |url=http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2906647/9653868 |accessdate=2012-10-14}}"afp"></ref>。
 
カエルの'''体細胞核移植'''により、'''[[クローン]]'''技術の開発に成功した。これがのちの[[ES細胞]]や[[iPS細胞]]に結びつくことになった。その先達としての業績で、2012年の[[ノーベル賞]]を受賞した。2004年には細胞生物学研究所がガードンの功績を讃えて、ガードン研究所と改称された。