「辻ヶ花」の版間の差分
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{{統合文字|辻}}
[[ファイル:16th century Japanese Lady.jpg|thumb|200px|『婦人像
---- 像主は白地に[[紅葉]]、斜格子文などを表した辻が花染の小袖を着用している。]] # 辻が花→1972年に[[松竹]]で制作された[[岩下志麻]]主演の映画の題名。
# [[染物]]の技法。
: 本項では2.について詳述する。
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'''辻ヶ花'''(つじがはな)とは、[[室町時代]]から
最盛期に当たる、桃山
== 辻ヶ花の登場 ==
[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の[[16世紀]]半ば、日本の染織工芸は海外の染織品からの影響を受けて、その素材や技法を多様化させていった。すなわち、[[中国]]から輸入された[[刺繍]]作品の刺激を受けて、日本でも小袖などに精巧な刺繍が施されるようになり、刺繍と[[金]]箔を併用した縫箔という加飾法も現れたのである<ref group="注釈">繊維製品は、糸を染めてから織って生地にする場合と、染めていない糸を織り上げてから生地を染める場合があるが、通常は前者を織りの作品(織物)、後者を染めの作品(染め物)と称している。[[#森|森(1998)pp.146-154]]</ref>。こうしたなか、「辻が花」と称される一連の染物が登場した。
しかし、江戸時代中期に[[糊]]で防染する[[友禅]]の技法が
== 「辻が花」の語の起源 ==
[[ファイル:32 ban Shokunin utaawase Katsura no me.jpg|240px|thumb|『三十二番職人歌合』([[サントリー美術館]]蔵)のうち「桂女」
---- 白の表着は今日でいう辻が花ではなく、麻地の絞り染めとみられる。]] 一世を風靡した「辻が花」の語の起源は不明である。[[14世紀]]末から[[15世紀]]初めにかけて成立したとみられる絵巻『[[三十二番職人歌合]]』には、「[[桂女]]」の詠歌として「春かぜに わかゆ(若鮎)の桶をいただきに たもともつじが はなををるかな」とあり、これが「つじがはな」の語の初見とされている。この絵巻に描かれた桂女は、上着の長い[[袖]]を折り返して着用しているように
== 脚注 ==
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* {{Cite book|和書|author=[[小笠原小枝]]|editor=|year=1998|month=6|title=染と織の鑑賞基礎知識|publisher=[[至文堂]]|isbn=4784301615|ref=小笠原}}
* {{Cite book|和書|author=[[吉岡幸雄]]|editor=|year=1998|month=11|title=染と織の歴史手帖―「きもの」と「きれ」をもっと深く知るために|publisher=[[PHP研究所]]|isbn=456960031X|ref=吉岡}}
== 関連項目 ==
* [[桃山文化]]
* [[日本の染織工芸]]
* [[染物]]
{{デフォルトソート:つしかはな}}
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