削除された内容 追加された内容
3行目:
== 解説 ==
=== 原曲「丸の内音頭」 ===
もともとは「[[丸の内]]音頭」という曲名で[[1932年]]([[昭和]]7年)に制作され、[[日比谷公園]]での[[盆踊り]]大会で披露された。[[永井荷風]]によると、その盆踊り大会は[[日比谷]]の[[百貨店]]の広告であり、その百貨店で浴衣を購入しなければ参加できなかったという<ref>永井荷風『墨東綺譚』岩波書店、1947年、168頁。</ref><ref>「丸の内飲食店組合」の小坂光雄([[松本廊]]社長)ら経営者が銭湯での風呂場談義で考えたという。</ref>。歌詞には丸の内、三宅坂、数寄屋橋などの地名が織り込まれている<ref>「時代の証言者・首都のレストラン・小坂哲瑯(4)・「東京音頭」原型は「丸の内」読売新聞 2013年4月20日10面</ref>。
その後、レコード会社が「隅田」「武蔵野」などを入れて東京一円のご当地ソングとして売り出したという。
「丸の内音頭」のレコードは[[ビクターエンタテインメント|ビクター]]から発売され、A面が[[藤本二三吉]]、B面は[[三島一声]]によって歌われた。二三吉はこの曲を最後に[[日本コロムビア|コロムビア]]に移籍した。