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'''アメデオ・アヴォガドロ'''(il '''Conte Lorenzo Romano Amedeo Carlo Avogadro di Quaregna e Cerreto''', [[1776年]][[8月9日]] - [[1856年]][[7月9日]])は、[[イタリア]]の[[トリノ]]出身の[[物理学者]]、[[化学者]]。「[[アボガドロの法則]]」でとくにその名が知られている。生涯トリノ近郊を離れることがほとんどなかった。
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[[ファイル:Nombre avogadro.png|thumb|[[アボガドロ定数]]]]
'''アメデオ・アヴォガドロ'''(il ([[イタリア語]]:'''Conte Lorenzo Romano Amedeo Carlo Avogadro di Quaregna e Cerreto''', [[1776年]][[8月9日]] - [[1856年]][[7月9日]])は、[[サルデーニャ王国]](現:[[イタリア]][[トリノ]]出身の[[物理学者]]、[[化学者]]。[[分子]]の[[研究]]に貢献し、[[1811年]]に発見した同[[圧力]]、同[[温度]]、同[[体積]]の全ての種類の[[気体]]には同じ数の分子が含まれる[[アボガドロの法則]]とくにそのが知られてる。生涯トリノ近郊を離れることがほとんどなかった
 
[[1809年]]に[[ヴェルチェッリ]][[王立大学]]の[[物理学]]教授を務め{{sfn|万有百科大事典|1974|p=14}}{{sfn|グランド現代百科事典|1983|p=374}}、[[1820年]]には[[トリノ大学]]で[[理論物理学]]の初代教授を務めた{{sfn|万有百科大事典|1974|p=14}}{{sfn|グランド現代百科事典|1983|p=374}}{{sfn|世界文化大百科事典|1971|p=165}}。
== 来歴 ==
アヴォガドロは大学で法学と哲学を修めた。学位取得は[[教会法]]に関するものであった。大学卒業後は弁護士となり、法律事務所を開く。ところが、1800年ごろから数学と物理学に興味を覚え、自然哲学者への道を進む。トリノ科学アカデミーに送った最初の論文は1803年、電気に関するものであった。トリノからもほど近い、[[コモ]]生まれの物理学者[[アレッサンドロ・ボルタ]]が最初の電池を発明してから3年後のことである。1809年にはトリノから50kmほど東に位置する[[ヴェルチェッリ]]大学の物理学教授となった。アヴォガドロは精力的に研究を進め、早くも[[1811年]]に[[アボガドロの法則]]を発表する。論文の題名は『物質の基本粒子の相対的質量とこれらの化合比率を決定する一つの方法』である。しかし反響は少なかった。
 
== 来歴生涯 ==
トリノを含む[[ピエモンテ州|ピエモンテ地方]]と[[サルデーニャ島]]などを領土としていた[[サルデーニャ王国]]の国王[[ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世]]は、1820年にイタリア初の数理物理学教室をトリノ大学に設立する。初代教授はアヴォガドロであった。トリノ大学では電気、毛管現象、比熱などの研究を進めた。しかし王の退位直後、1822年、アヴォガドロの与り知らぬ政争のため、教室は閉鎖されてしまう。しかたなく、弁護士事務所を開き、最初の仕事に戻った。1834年に数理物理学教室が再開されると再び教授となり、1850年まで留まった。研究内容は、気象学、計測学、統計学などであった。
1776年8月9日、サルデーニャ王国(現:イタリア)[[ピエモンテ州]]トリノに[[母]]アンナ(''Anna Vercellone'')、サルデーニャ王国の要職の[[法律家]]で[[貴族]]の[[父]]フィリッポ・アヴォガドロ(''Filippo Avogadro'')の元に生まれる。[[大学]]では[[法学]]と[[哲学]]を修め、[[1796年]]に[[教会法]]に関する[[論文]]で[[学位]]を修得し、[[卒業]]した。その後は数年間、父と同じく法律家、[[弁護士]]となり[[法律事務所]]を開いた。
 
[[1800年]]頃、[[数学]]と物理学に関心を示して研究を始め、[[1803年]]には{{仮リンク|トリノ科学アカデミー|it|Accademia delle Scienze di Torino}}に[[電気工学]]に関する初めての論文を提出した。
 
1809年にヴェルチェッリ王立大学の物理学教授を務め、大学でアヴォガドロは精力的に研究を進め、[[1811年]]に『物質の基本粒子の相対的質量とこれらの化合比率を決定する一つの方法』と言う論文を[[フランス]]の[[科学雑誌]]『{{仮リンク|コント・ランデュ|fr|Compte rendu}}』に後に有名となる同[[圧力]]、同[[温度]]、同[[体積]]の全ての種類の[[気体]]には同じ数の分子が含まれる[[アボガドロの法則]]を発表した(但し「アボガドロの法則」と名付けられたのはアヴォガドロの死後のことであって、当時海外で全く無名だったアヴォガドロの論文は難解であったため学会の相手にされなかった)。
 
1811年から[[1821年]]にかけて全4巻からなる『可秤物質の物理学』を著す。
 
サルデーニャ王国の[[国王]]である[[ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世]]は、1820年にイタリア初の数理物理学教室をトリノ大学に設立し、初代教授にアヴォガドロが就任した。トリノ大学では[[電気]]、[[毛管現象]]、[[比熱]]、[[熱膨張]]の研究を進めたが、ヴィットーリオの退位直後の[[1822年]]に政治的問題で教室は閉鎖されることとなり、アヴォガドロは極僅かの[[年金]]を受け取った後、再び弁護士事務所を開いて科学実験を進める傍ら弁護士の職業に戻った。
 
[[1834年]]に[[王政復古]]で数理物理学教室が再開されると再び教授となり、[[1850年]]まで留まった。研究内容は[[気象学]]、[[計測学]]、[[統計学]]、[[度量衡]]であった。なお、[[1848年]]には[[公教育会議]]の[[議員]]に選出された。
 
1856年7月9日、トリノで没した。
 
アヴォガドロは生涯、ほとんど国外では無名に等しくアヴォガドロの業績が再評価されることになるのは死後から4年後の[[1860年]]のことであり、アヴォガドロの死の直後に著された[[1858年]]、イタリアの化学者、[[政治家]]である[[スタニズラオ・カニッツァーロ]]の論文『{{仮リンク|ジェノヴァ大学|en|Genoa of Univercity}}に於ける化学理論講義概要』、1860年に開催された原子量と分子量の基準がテーマとなっていた[[カールスルーエ国際化学者会議]]でのカニッツァーロの発表を受けて、初めてアヴォガドロが再評価された。
 
== アボガドロの法則 ==
「同温同圧のもとでは、すべての[[気体]]は同じ体積中に同数の[[分子]]を含む」というのがアボガドロの法則の基本的な内容である。1811年当時、物質が[[原子]]から構成されると主張する[[原子論|原子説]]はほとんどの化学者に共通の認識となっていた。1803年にイギリスの化学者、物理学者の[[ジョン・ドルトン|ドルトン]]が[[原子量]]を初めて公開しており、近代的原子論が確立された直後であった。ドルトンは一種類の元素からなる気体は原子から構成されると信じていた。
 
ドルトンの主張はさまざまな実験事実を説明できたが、説明できない現象が残っていた。それは気体同士の反応であった。例えば水素2容積と酸素1容積を化合させると必ず水蒸気2容積となる(反応前後の温度が等しい場合)。ドルトンの主張に従って、この反応を現代風に記述すると、以下のようになる。
 
:<math>\rm H + O \longrightarrow HO</math>
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分子に付いている係数は、2対1対2であり、実験結果を直接説明できた。
 
アヴォガドロの最初の仮説(同単位の気体は…)は1811年以前にドルトンも採用するなど、画期的とは言えなかった。しかし、2番目の分子仮説と結びつけることで真価を発揮した。アボガドロの法則は、例えば学校教育などで化学を初めて教授する際、初年度に必ずと言っていいほど扱う重要な基本法則である。しかし、アボガドロの法則は一見、古い仮説を組み合わせただけのように見えることもあり、発表後も重要性が理解されなかった(法曹界の出身故に論文の文章が難解だった事も一因と言われている)。アヴォガドロの死の直後に著された[[1858年]]、イタリア化学者、[[政治家]]である[[スタニズラオ・カニッツァーロ]]の論文『[[ジェノバ大学]]ける化学理論講義概要さら[[1860年]]に開催された原子量と分子量の基準がテーマとなっていた[[カールスルーエ国際化学者会議]]でのカニッツァーロの発表を受けて、初めてアヴォガドロが再評価された。
 
アヴォガドロの着想は唯一無二でさえない。例えば、電流の単位である[[アンペア]]として名が残るフランスの物理学者[[アンドレ=マリ・アンペール]]はアヴォガドロとは独立に1813年、同様の法則を考案している(やはり再評価前には注目されていない)。しかし、[[気体反応の基本法則]]を初めて定式化したのは、アヴォガドロである。
 
(*)'''0度'''、'''1.013×10<sup>5</sup>Pa'''([[パスカル]])で、1mol 6.0221×10<sup>23</sup>個の[[気体]][[分子]]を集めると、その'''種類によらず'''22.414 l(リットル)となる。
 
== 脚注 ==
=== 脚注 ===
<references/>
 
== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|author=植村琢|authorlink=植村琢|coauthors=[[崎川範行]]、[[桜田一郎]]、[[水島三一郎]]|editor=[[相賀徹夫]]|others=|title=万有百科大事典 15 化学|origdate=1974-10-20|url=|format=|accessdate=|edition=初版|date=|year=|publisher=[[小学館]]|location=|series=[[日本大百科全書]]|language=日本語}}
* {{Cite book|和書|author=|authorlink=|coauthors=|editor=[[林達夫]]|others=|title=世界大百科事典 1 アーアン|origdate=1972-4|url=|format=|accessdate=|edition=1972年版|date=|year=|publisher=[[平凡社]]|location=|series=[[世界大百科事典]]|language=日本語}}
* {{Cite book|和書|author=|authorlink=|coauthors=|editor=[[鈴木勤]]|others=|title=世界文化大百科事典 1 アーウチワ|origdate=1971|url=|format=|accessdate=|edition=|date=|year=|publisher=[[世界文化社]]|location=|series=|language=日本語}}
* {{Cite book|和書|author=|authorlink=|coauthors=|editor=[[鈴木泰二]]|others=|title=グランド現代百科事典 1 アーアメリカサ|origdate=1983-6-1|url=|format=|accessdate=|edition=|date=|year=|publisher=[[学習研究社]]|location=|series=|language=日本語}}
* {{Cite book|和書|author=大宮信光|authorlink=大宮信光|coauthors=|editor=[[阿部林一郎]]|others=|title=世界を変えた科学の大理論100|origdate=1998-12|isbn=978-4537115109|url=|format=|accessdate=|edition=第2版|date=|year=|publisher=[[日本文芸社]]|location=|series=|language=日本語}}
* {{Cite book|和書|author=井本稔|authorlink=井本稔|coauthors=[[大沼正則]]、[[道家達将]]、[[中川直哉]]|editor=[[竹之内静雄]]|others=|title=化学のすすめ|origdate=1971-11-30|isbn=|url=|format=|accessdate=|edition=初版|date=|year=|publisher=[[筑摩書房]]|location=|series=|language=日本語}}
 
== 関連項目 ==
* [[アボガドロ定数]]
* [[モル]]
 
{{DEFAULTSORT:あほかとろ あめてお}}