「ロング (駆逐艦)」の版間の差分

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(アメリカ海軍の駆逐艦・掃海駆逐艦。ルソン島の戦いで戦没。en:USS Long (DD-209)(18:56, 11 August 2013‎‎‎‎‎‎‎‎ UTC)の翻訳がベース。)
 
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|兵装
|'''駆逐艦当時'''<br />4インチ連装砲4門<ref>[[#ホイットレー]] p.259</ref>、3インチ砲1門、21インチ魚雷発射管12門<hr>'''掃海駆逐艦当時'''<ref name="w258">[[#ホイットレー]] p.258</ref><br>3インチ砲4門のち2門、40ミリ連装機関砲4門、20ミリ機銃5門、掃海具
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'''ロング''' ('''{{lang|en|USS Long, DD-209/DMS-12}}''') は、[[アメリカ海軍]]の[[駆逐艦]]、掃海駆逐艦。[[クレムソン級駆逐艦]]の1隻。艦名は[[マサチューセッツ州知事]]と[[アメリカ合衆国海軍長官]]を務めた[[ジョン・デイヴィス・ロング]]にちなむ。
4月18日、ロングは[[ホーランジアの戦い]]に参加するため根拠地を出撃。4月22日に{{仮リンク|ヨス・スダルソ湾|en|Yos Sudarso Bay|label=フンボルト湾}}に到着して掃海を開始し、陸に敵を見つけると砲火を浴びせかけた。5月の早い時期にガダルカナル島に下がり、[[マリアナ諸島]]への攻撃のため6月4日にガダルカナル島を出撃する。6月13日に[[サイパン島]]沖に到着したロングは6月24日までの間、掃海、上陸部隊の掩護および[[レーダーピケット艦]]任務と目まぐるしく働く。いったん[[マーシャル諸島]]に引き上げたのち、[[戦艦]][[ペンシルベニア (戦艦)|ペンシルベニア]] (''{{lang|en|USS Pennsylvania, BB-38}}'') の直衛で再びマリアナ水域に向かい、7月12日に[[グアム]]に対して砲火を撃った。相変わらず対潜哨戒と護衛任務を行ったあとガダルカナル島に移り、8月16日にガダルカナル島で第32.5任務群に合流した。9月6日に[[パラオ]]近海に向けて出撃し、9月12日から16日にかけて[[ペリリュー島]]と[[アンガウル島]]周辺および[[コッソル水道]]の掃海にあたる。パラオとアドミラルティ諸島間の船団護衛任務に就いたあと10月4日に[[第7艦隊 (アメリカ軍)|第7艦隊]]([[トーマス・C・キンケイド]]中将)に合流してフィリピン奪回の作戦に従事することとなった。ロングは第1掃海隊の一艦として10月10日に[[ゼーアドラー湾]]を出撃し、10月17日に[[レイテ湾]]に入る。まずディナガット島と{{仮リンク|ヒブソン島|en|Hibuson Island}}間の海域を掃海し、次いで{{仮リンク|ドラグ (フィリピン)|en|Dulag, Leyte|label=ドラグ}}と[[タクロバン]]の沖、最後に[[スリガオ海峡]]の順で掃海していった。10月23日まで味方船団を敵から守る煙幕担当艦としてレイテ湾に停泊し、マヌス島行の輸送船団を護衛してレイテ湾を出発、10月29日に到着した。マヌス島での修理と整備ののち、12月23日に[[リンガエン湾]]への上陸前の事前掃海目指して出撃する。
 
リンガエン湾を目指す上陸部隊は、[[ミンダナオ海]]航行中の1945年1月2日より[[神風特別攻撃隊]]などの攻撃を断続的に受けるが構わず進撃し、1945年1月6日に[[リンガエン湾]]に到着して空襲下で強行掃海を開始した。11時すぎに2機の神風がロングを目標に突入してきたが、うち1機は掃海艇の対空射撃で撃ち落とされ、残る1機もロングに最接近するが被弾し、右舷後部からわずか3メートルの海面に撃墜された<ref name="wu309">[[#ウォーナー上]] p.309</ref>。正午を回って間もなく、別の神風2機がロングに挑戦し、ロングは25ノットの速力で使用可能なすべての銃砲を神風の方向に向けて応戦した。しかし、2機のうち1機の[[零式艦上戦闘機|零戦]]がロングの左舷側の艦橋下部、喫水線からわずか30センチのところに命中。ロングは命中箇所から前、艦橋と前甲板、烹炊所がガソリンによる火災に包まれて艦の前部と後部の連絡は遮断された。艦長スタンリー・カプラン大尉は弾薬への引火を警戒し、艦の前部にいる乗組員に対して後部に移るよう命じたが、「総員退艦」と誤って伝えられたがために、すべての乗組員がロングを手放す結果となった<ref name="wu309"/>。僚艦[[ホーヴェイ (駆逐艦)|ホーヴェイ]] (''{{lang|en|USS Hovey, DMDMS-11}}'') が接近してロングを救おうとしたものの、救援は難航した。艦隊曳船{{仮リンク|アパッチ (艦隊曳船)|en|USS Apache (ATF-67)|label=アパッチ}} (''{{lang|en|USS Apache, ATF-67}}'') もロングの救援に手を貸そうとしたが、依然として吹き荒れる神風は消火と救援の作業を思いとどまらせるには十分であった。夕方近く、停止したロングに別の神風が最初の神風が命中した場所と同じところに命中し、艦橋を破壊してロングの運命を決定づけた。ロングは横転し、翌朝に沈没していった。ロングの乗組員はホーヴェイに救助されたものの、そのホーヴェイも1月7日の夜明け前に日本機の雷撃によって沈没し、この際に何名かが戦死した。ロングの沈没位置は{{coor dm|16|12|N|120|11|E|}}と記録されている<ref>{{Cite web|url = http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/USN-Chron/USN-Chron-1945.html |title= Chapter VII: 1945|work=The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II|publisher=HyperWar|language=英語|accessdate=2013-09-04}}</ref>。
 
ロングは第二次世界大戦の功績で、9個の{{仮リンク|従軍星章|en|Service star}}を受章した。